−アゾの謎−

カワラヒワ


 カワラヒワは地味な鳥です。翼を広げてるときれいな黄色い斑点が出る以外、褐色がかった色合いで、さほど注意は引きません。ところがバードウォッチングを始めた頃、スズメだと思っていた鳥が実は別の鳥だったという驚きを体験させてくれるのは、このカワラヒワであることが多いです。スズメとカワラヒワの区別がつくようになると、いっぱしのバードウォッチャーになったようで、この鳥との出会いがうれしかったものです。ところが年期を積めば積むほど、カワラヒワとわかれば見向きもしなくなってはいませんか。

 しかし、研究者にとってはカワラヒワは魅力的な鳥に見えるようで、野鳥のなかでは比較的生態のわかっている鳥です。この鳥は、シジュウカラのように1番ずつなわばりを持たず、数番でまとまって繁殖するのだそうです。このような繁殖のしかたをルースコロニーと呼んでいます。カモメやシラサギ類のように大きなコロニーではなくても、集まることで防衛や食物の発見が有利に働いていると考えられます。
 また、長野県では秋に番形成がされることが確認されました。しかし、その後関西では春に番形成がされることがわかり、地域よって習性が異なっていました。
 このカワラヒワの研究を見ると、鳥というのはいかに奥が深く、知れば知るほど、調べれば調べるほど、謎が湧いてくるものだと思いました。生半可な観察や研究では、確定的なことは言えないことがわかります。

 さて、日光でもカワラヒワはよく出会う鳥です。名前の通り、大谷川の河原や小倉山周辺の開けた環境で比較的多く、霧降別荘地の樹木がたくさんある環境でも見られます。しかし、同じ開けた環境でも戦場ヶ原では、見た記憶がありませんが、いかがでしょう。戦場ヶ原では標高が高すぎるのでしょう。
 小倉山の乗馬倶楽部周辺も多いところで「キリキリ、ビィーン」という声をよく聞きます。なにしろ乗馬倶楽部周辺をなわばりにしているモズは、カワラヒワの鳴き真似がとても上手なのです。モズに影響を与えるほどこの鳥が多いことになります。
 この鳥の「キリキリコロコロ」が地鳴き、「ビーン」が囀りといわれいますが、じつはもっと複雑に鳴くこともあります。「チッチョ、チッチョ、ピリリ、チーンチーン、チュルル、ビーン」と、一節として同じものはない複雑で抑揚に富んだ鳴き方です。これは雌が近くに来たときの雄の囀りで、東京では春に聞かれます。私の日光(善法)における録音では11月22日というのがありますから、日光のカワラヒワの繁殖時期は長野県型なのかもしれません。

 あるとき東照宮の職員が「社務所のガラスにアゾがぶつかって7羽も死んだ」と教えてくれました。なんと死体を見るとカワラヒワでした。日光地方の方言では、カワラヒワのことをアゾというのです。なぜ、いっぺんに7羽ものカワラヒワが社務所の窓にぶつかったのか謎ですが、このアゾの語源を調べるとこれまた謎の迷路が待ちかまえていました。
 アゾという言葉は、いろいろな辞書を引いても出てこないのです。インターネットで検索すると、高知県下地名で薊野のいうのが出てきました。アザミノがアゾに転訛したのです。アザミの実を食べるカワラヒワの姿は見たことがありますから、まったく無関係とも言えません。
 もうひとつあったのは、新潟県柏崎市の方言で「麻」のことというのがありました。これも、この鳥がいかにも好きそうな実をつける植物です。アザミもアサも「その実を食べるからアゾという」と、それらしく書いたら納得してしまいそうです。
 やっと方言辞典を見つけて、アゾを引くと記載されていたのは「あぜ」のことでした。田んぼの周囲を囲む土の畝です。畦がなまって、東北地方の一部ではアゾということがわかりました。春に水田を歩いていると、畦からパラパラとカワラヒワが飛び立ったという体験は多いと思います。これまた、カワラヒワの生息地と関連が深い言葉です。
 しかし、食べ物由来や生息環境に関連した場合、その後ろに「トリ」などが付くことが多いのです。ムクの実を食べるからムクドリ、磯にいるからイソシギといったようになります。これは、本来のもとと区別するためでしょう。ですから、アゾトリとかアゾスズメだと納得できるわけです。
 ということは、アゾはアゾ。カワラヒワのみに使用される言葉ではないかと考えられます。カワラヒワを見ていると、アゾという語感とこの鳥の持つイメージに違和感がないことに気がつきました。これからは、カワラヒワを見つけたら、よく観察して「アゾ、アゾ」と言ってみてください。カワラヒワよりアゾのほうが、この鳥の名前にぴったりだと感じたら貴方は日光人です。

松田道生(2004年4月6日・起稿)

イラスト:水谷高英氏

カワラヒワの声(善法)>

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