−高い声で鳴く−

ヤブサメ


  関東地方各地で行われている伝統武術の流鏑馬は、ご当地日光乗馬クラブからの出張がほとんどだそうです。駆ける馬の上から弓矢で的を射る妙技は、見る者を魅了します。
 だからというわけではありませんが、鳥のヤブサメも日光では多い鳥です。たとえば、日光駅から歩いて行ける東電池のまわりでは、雛を見たことがありますから繁殖をしていることは間違いありません。頂上の標高が600mの高尾山の中腹でごく普通にいるのですから、同じ標高の日光駅周辺にいてもおかしくありません。このほか、おなじみの稲荷川下流域、稲荷川を挟んだ滝尾神社周辺、霧降別荘地でも声を聞いています。霧降では、標高1,000m以上でも出会っています。雲竜渓谷でも声を聞いたことがありますから、けっこう標高の高い所にもいることになります。このほか、山久保のスギ林のなかの林道を会長と車で走っているときに、車の前を小動物が走り抜けたことがあります。まるでネズミのような動きだったのでアカネズミか?と思ったのですが、よく見たらこの鳥の巣立ったばかりの雛でした。
 こうしてみると、里山といった風情のところから亜高山帯まで、けっこう生息域が広いことがわかります。しかし、よくこの鳥のいるところを見ると、クマザサの生い茂った暗い林の中であることがわかります。どうも、クマザサのような藪の分布と一致しているようです。そのため声は聞くことがあっても、姿を見ることはあまりありません。


 私が録音を始めた7年前は、6月から7月にこれらの場所で、録音機を回せばかならずと言ってよいほど、ヤブサメの声が飛び込んできました。ところが、世紀が変わる頃からヤブサメに出会うことが無くなったのです。これは、目に見えない自然破壊が進み、ヤブサメの生息環境が人知れず失われているのではないかと懸念をしていました。
 ところが、あるとき、山を歩いていると「ヤブサメが鳴いている」と同行した私より若い編集者がいうのです。ところが、私には聞こえません。録音機を持っていたので、鳴いているという方向にマイクを向けるとヘッドホーンから間違いなく聞き慣れたヤブサメの声が聞こえるではありませんか。


 ヤブサメは、たいへん高い周波数で囀ります。だいたい8kHzから10kHzです。声紋を見るとイモムシのような形のパターンが「シシシシ・・・」のはじめは8kHz、それがだんだん高くなって10kHzまでのびているのがわかります。語源説には、この声が藪に降る雨の音に聞こえるからと言うものがあります。
 私たちの話し声が0.5kHz程度、ウグイスの「ホー」が1.0〜1.5kHz、「ケキョ」の高いところで4.5kHz。オオルリで3.0から8.0kHzの間で鳴いています。それを考えると、ヤブサメの10kHz以上というのはかなり高い声となります。ですから、ノーマルのカセットテープでは、この鳥の声は録音できません。かろうじてメタルテープの出現によって録音再生が可能になり、MDやDATといったデジタル録音で生の声が録音できるようなりました。


 私たちヒトの可聴可能な音域は、20Hzから20kHzと言われています。ですからヤブサメのさえずりの音域は、十分カバーしていることになるのです。ところが問題は”年”です。年を取ると、鼓膜が固くなるのか、音を伝える神経の機能が落ちるのか、いずれにしても高い音が聞きづらくなるのです。
 ヤブサメがいなくなったと思っていたのは間違い。実は私の耳が悪くなっていたのです。また、ヘッドホーンを通して声が聞こえたのは、機器を通してボリュームを上げて聞いていたからです。
 年をとって聴力が落ちたのに気が付かず、日光の自然が変化したと思うようでは、科学を志す者としては失格と思いました。以前、老舗の”どぜう屋”で「昔に比べて味が落ちた」と大きな声で話していたお年寄りがいて、自分の舌の能力が落ちたのに気が付かない奴と心のなかで嘲笑していた自分が恥ずかしいとも思いました。
 ですから、たいへん残念なことに中高年になってからバードウォッチングを始めるとヤブサメのさえずりを聞くことができないという悲しい現実があるのです。若い人は、今のうちにヤブサメをはじめ高音で鳴く鳥の声を満喫しておくことをお勧めします。
 前述のように、日光ではヤブサメはけして珍しい鳥ではありません。もし、中高年になってバードウォッチングを初め、ヤブサメは珍しい鳥だと思っている方がいたら、ご自身の耳をまずうたぐって見ることでしょう。
 私自身、これを補うためにバードウォッチング用に補聴器をあつらえました。これでまた、日光のヤブサメの声を楽しめそうです。

松田道生(2004年2月25日・起稿)

イラスト:水谷高英氏

ヤブサメの声(稲荷川下流域)>

※音声を聞くためにはリアルプレヤーがインストールされている必要があります。


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