−亜高山帯の代表−

メボソムシクイ


 スズメより小さな地味な小鳥です。メボソムシクイのメボソは、眼の上にある細い白線を眼と見ての由来。いかにも鋭くて虫をつまみやすそうな嘴からムシクイの名前が付いたのでしょう。実際に昆虫食の鳥です。ムシクイという名前は、ウグイスの仲間に付けられています。この鳥も身体のほとんどが、ウグイスに似たオリーブ色をしています。
 地味な姿と違って、さえずりはとても印象的です。「チュチュリ、チュチュリ、チュチュリ」と、同じ節を4、5回繰り返して鳴きます。この鳴き声の前に「ジッジッ」と濁った声の前奏を入れることもあります。
 山小屋に泊まり、朝、料金を払ったらあまりに高さにあきれて、この鳥の声を聞くと「銭取り、銭取り」と聞こえたとか。鳥仲間では、ゼニトリが愛称です。最近では、山のクリーン作戦をしながら聞くと「ごみ取り、ごみ取り」とと聞こえ
るという新ききなしがあります。
 さえずるときは、枝移りをしながら盛んに鳴き続けます。小さい上に葉の茂ったなかを移動するので、姿が見づらい鳥でもあります。時おり、枝の先にとまって鳴いてくれるときが姿を見るチャンスです。


 日光では、標高1500m以上の山地、亜高山帯の森林でよく出会います。この鳥のいる標高まで登れば、うるさいくらいいると言っても過言ではありません。日光の亜高山帯の森林を代表する鳥と言えます。
 たとえば、雲龍渓谷、志津、切込湖刈込湖、金精峠、さらにその先の菅沼周辺が、この鳥の多いところです。いずれも高いところにあるよく茂った森林です。
 5月の連休の菅沼では沼のほとりの灌木の枝先にとまって鳴くこの鳥の姿がよく見られました。でも、刈込湖、切込湖では、うっそうとしているのでいくら探しても姿を見ることはできませんでした。
 光徳牧場から志津に向かうと、ルリビタキやエゾムシクイが聞こえ始め、もう少し登るとメボソムシクイが登場します。雲龍では、コマドリ、ルリビタキ、ビンズイたちがコーラスを形成します。メボソムシクイは、このコーラスのバックでずうっと鳴き続けています。いわば、バックコーラスをつとめています。


 メボソムシクイは夏鳥ですから、4月下旬からさえずりが聞かれます。遅いさえずりでは、9月の下旬に聞いたことがあります。雲竜渓谷の自然観察会で、さえずりが聞かれましたので、ご記憶の方もいらっしゃるでしょう。
 留鳥のホオジロやセグロセキレイは、来年の春に向けて秋からなわばりを確保するために秋もさえずります。しかし、これから南に渡ってしまう夏鳥が遅くまで鳴いている理由はなんなのでしょう。
 また9月8日、雛に給餌をするこの鳥の姿を見たことがあります。これまた、夏鳥の繁殖行動の観察時期としては、たいへん遅い記録です。小さな小鳥ですが、謎がたくさんあります。


6月のある日、福田会長から家の前でサンコウチョウが鳴いていると、朝5時に電話で起こされたことがあります。押っ取り刀で駆けつけたのですが、サンコウチョウの声は聞かれませんでした。そのかわり鳴いていたのは「ジジロ、ジジロ」と鳴くメボソムシクイでした。いつも聞いているメボソムシクイの声に比べて、濁りがあり回数も多く微妙に違うのです。声紋で比べてみると、1秒間に7〜8回鳴いています。メボソムシクイより抑揚があり「ジジロ」の「ロ」の部分が低く、声紋では”ん”字型のパターンがきれいに出ます。それに対し、いつも聞いているものは、1秒間に5〜6回と少なく比較して抑揚が少ないのです。
 当時は図鑑に書いてある亜種のコメボソムシクイと記録しました。しかし、ヨーロッパのCDを聞いてみると亜種のコメボソムシクイは「チョリチョリチョリ・・・」あるいはやや濁って「ジュリジュリジュリ・・・」と長く連続して鳴き、ピッタと止まる鳴き方でした。声紋を見るまでもなく、明確に区別ができることがわかりました。
 ということで「チチロ」と鳴くメボソムシクイは、別の亜種のオオムシクイの可能性がでてきました。その後、私は会長宅の前で聞いたものと同じように鳴く鳥に、千島とカムチャッカで会いました。オオムシクイは、千島からカムチャッカ、日本より北に分布するメボソムシクイの亜種なのです。現在の日本鳥学会の「日本産鳥類目録」では、この亜種は認められていません。しかし、最近のDNAなどからの分類学の発展から存在を確証する研究者が増えてきました。
 日光を通って、遠く千島やカムチャッカまであの小さな体で渡っていくのかと思うと、とても感慨深いものがありました。

参考文献:松田道生 2002 「ジジロ、ジジロ」と鳴く鳥についての検討 BINOS Vol.6,37-42 日本野鳥の会神奈川支部

松田道生(2004年1月27日・起稿)

イラスト:水谷高英氏

メボソムシクイの声(小峠)>

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