−霧の森がよく似合う−

ルリビタキ


 霧が静かに流れていく亜高山帯の森は、とても幻想的です。大きなモミの木が巨人のように見えたり、ツツジの灌木が獣のように見えます。そんな山道を歩いていると、聞こえてくるルリビタキのさえずりは、霧の森をより幻想的な雰囲気にしてくれます。
 ルリビタキのさえずりは、オオルリのように複雑な節回しではありません。また、キビタキのようにきらびやかでもありません。短い節をちょっとせわしなげに、何度も同じように繰り返すだけです。どちらかというと物静かな感じを与えてくれます。それだけに霧に覆われた森がよく似合うのです。


 霧のなかでは姿を見ることはできませんが、それ以前にルリビタキはなかなか姿を見せてくれない鳥です。私は以前、菅沼のほとりのモミの枝先にとまってさえずるルリビタキを見たことがあります。その印象が強く残っていたので、ルリビタキは姿を見やすい鳥だと思っていました。ところが、当会の志津小屋に泊まる自然観察会では、声はすれども姿の見えない鳥ナンバーワンでした。志津小屋の周りでは声がたくさん聞こえるのですが、姿を見ることができたのは1羽か2羽。さえずり同様、習性も奥ゆかしいようです。
 ルリビタキは、日光では標高1400m以上、亜高山帯といわれる高い所まで登らないと、逢えない鳥です。地名をあげれば、湯元から山王峠に抜ける切込湖・刈込湖コース。自動車で行ける場所しては、男体山と大真名子の間の志津、このほか雲竜渓谷などが、ルリビタキの多い所です。これらの地域では、コマドリ、メボソムシクイ、ときどきウソといった亜高山帯の野鳥たちのコーラスの中にかならずといって良いほどルリビタキの声が入ります。
 ルリビタキは漂鳥です。日光の高いところと低いところを移動しています。たとえば、Iさんは4月下旬に稲荷川下流域の森でたくさんのルリビタキがさえずっているのを聞いています。これは、平地から山へ移動するルリビタキたちだったのでしょう。また冬、雪の中で霧降別荘地でルリビタキのきれいな雄をみたことがあります。でも冬に会えるルリビタキの数は、夏の数に比べればわずかなものです。もっと平地、あるいは南まで移動をしているようです。


 私の東京のフィールドの六義園では、ルリビタキは冬の鳥です。数は多くはありませんが、毎年1羽は姿を見せてくれます。六義園で調査を始めた頃、この鳥の雄をはじめて見つけました。夜、布団のなかで今自分が寝ているところから数100mも離れていないところで、ルリビタキも寝ているのかと思うとうれしくなってなかなか寝付かれなかったことを思い出します。
 冬のルリビタキは、夏と違って姿を良く見せてくれます。まず、いる所がたいだい決まっていて、馬場の跡、吟歌亭跡前のツツジの多いところ、梅林、売店の周辺と、いずれも森の中ではなく開けた環境なのです。そのため、杭やベンチ、あるいはツツジの下枝にとまっている姿で見つけることが多いのです。さほど警戒心が強くないので近くでよく見ることができるうれしい鳥なのです。


 20年ほど前の六義園は、開けた環境が少なくジョウビタキ1羽かルリビタキ1羽が住めるだけのスペースしかありませんでした。ところが、ここ数年、六義園の来園者は都立公園のなかで第一位。そのため予算があるせいか、下草を刈るなどの手入れが行き届くようになり、ルリビタキが生息できる環境が多くなりました。今年(2003-2004年)の冬は、ジョウビタキ、ルリビタキとも雌雄1羽ずつ、合計4羽が越冬しています。
 まれに冬もルリビタキのさえずりを聞くことがあります。たよりなさげな声が、よりたよりない感じではありますが、時々聞かれます。姿を探すと、雌が鳴いていました。ルリビタキの雄は、一人前の羽の色になるのに2年かかるので、姿は雌でしたが雄だったのかもしれません。
 1998年の冬に六義園で聞いたルリビタキのさえずりは、今まで聞いたことのないものでした。抑揚があり、同じ節を何度も繰り返すのではなく一節ずつ調子を変えて鳴くのです。そのため、全体に複雑な節回しとなっていました。
 蒲谷鶴彦先生からお借りした”SOVIET BIRD SONGS”というテープには、ロシアのバイカル湖で録音された声が収録されていました。それを聞くと六義園のものと同じではないけれど、日光などで聞くものに比べて複雑なさえずりでした。ということは、東京あたりで越冬するルリビタキが大陸から来ているものとするならば、日光のルリビタキはもっともっと南まで渡っているのでしょうか。日光のルリビタキの越冬地も謎の霧のなかです。

松田道生(2004年1月25日・起稿)

イラスト:水谷高英氏

ルリビタキの声(山王峠)>

※音声を聞くためにはリアルプレヤーがインストールされている必要があります。


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