−森の不可思議−

アオバト


 アオバトという鳥は、どうもとりとめのない鳥という印象があります。日光における生態も不明な部分が多いのですが、謎が多いだけに興味深い鳥でもあるのです。
 おそらく最近のバードウォッチャーの印象だと、神奈川県大磯の海岸に海水を飲みに来るアオバトの姿でしょう。日本に生息するすべてのアオバトが海水を飲むのならば各地でもっと報告があって良いはずなのですが、報告は希です。私は、海水を飲むアオバトは、ごく限られた個体群に限った習性ではないと思っています。でも、なぜ海水を飲むのか、これまた謎なのです。
 アオバトは日本列島と中国の一部だけに分布している鳥です。世界的に見るとたいへん分布の狭い鳥なのです。日本で繁殖し、一年中生息していると言われていますが、冬のアオバトを見ることは希です。どこにいってしまうのでしょう。
 また、日本で繁殖しているとは言え、巣が発見されたのは戦後のこと、それまでは木の洞で繁殖するのか、木の枝の間に皿形の巣を作るのか、そんなことすらわからなかった謎の鳥だったのです。アオバトの巣の写真って見たことないでしょう。それだけ、数が少なく巣の発見の難しい鳥なのです。


 私は、本来のアオバトの姿は、森林の緑のなかで見るものでなくてはならいないと思っています。アオバトは、広葉樹の林を生息地として好みます。ですから、人工的なスギ林が増えて減少した鳥でもあるのです。新緑が美しく紅葉の名所の日光ならではの鳥なのです。
 アオバトの体の色は、新緑をバックにとまっていると、まるで木の葉のなかにとけ混んでしまいそうな色です。このとき、雄の翼のワインレッドが、いちだんとはえるのです。海岸の岩礁がバックでは、こうはいきません。本当のアオバトの魅力は、やはり森林で見なくては語れません。


 それに、なんといってもとりとめのないのは、その奇妙な声です。これも海岸では聞くことは希。仮に鳴いても、波の音で聞こえません。
 声が調子ぱっずれというとアオバトには失礼かもしれませんが、あがったり下がったりする抑揚は、まるで尺八を練習しているような節回しです。カタカナで書けば「ウー、ワーオーワーオ」という感じです。初めて聞いたときは、鳥の声とは思えませんでした。まして、ハトの仲間の声だとわかるまでには、時間がかかりました。
 不思議なのは、低い声のわりに遠くまで聞こえることです。以前、アオバトの声がするので、少しでの近くで録音してやろうと声をする方向に歩いていったことがあります。このときは、Iさん宅の裏山のほうから聞こえてきたので、スギの植林地を越えればよいだとうと林のなかに入っていきました。しかし、スギ林は意外と深い上に、しばらく行くと突如として開墾地があらわれて、さらにその先はスギ林が続いています。
 耳を澄ますと、アオバトの声はさらに山を越えたところにある広葉樹の林から聞こえてくるようです。山を半分も越えたのに、アオバトの声は少しも近くなりませんでした。
 このように、日光でアオバトの声を聞いたのは稲荷川下流域がいちばん多く、この他はで野州原林道を行った丹勢山の先、中禅寺湖が見下ろせるあたりでも聞いたことがあります。


 姿を見たのは、日光駅の裏の大谷川の河原から東電の池のある丘陵を上を飛んでいるの見たことがあります。友人は、日光の帰りに電車の中から七里の森の電線にとまっているの見たと報告してくれました。
 また、当会の自然観察会では中禅寺湖のほとりで参加者全員が間近に見ることができました。さらに、会長と新しい観察会の場所を求めて探し歩いたとき、日足トンネルを越えたところにある黒沢の入り口のゲートで傷ついたアオバトの雌を捕らえたことがあります。
 七里は、標高数100m、丹勢山の先はビンズイがいて、ルリビタキがさえずっているエリアですから、標高も1500m程度の亜高山帯といえます。アオバトの生息域は意外と広い、やはりとりとめがありません。
 こうして書くと、アオバトは日光のどこでもいそうですが、いざアオバトに逢いたい、声を聞きたいと思っても、確実に逢えるところはありません。稲荷川下流域が多いと言っても、何回も通ってやっと会えるのです。まったく声が聞けない年の方が多いのです。ふらっといったところで、ばったりと会える、散歩の時に見上げたら飛んでいった、帰りの電車の中から見つけたといった出会い。出会いも、とりとめがありません。


 それだけにアオバトは、日光でバードウォッチングの場数を踏まない限り会えない鳥でもあるのです。

松田道生(2003年8月18日・起稿)

イラスト:水谷高英氏

アオバトの声(稲荷川下流域)>

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