−天然モノの−

イワツバメ(2)


 江戸時代に発行された日光の案内書「日光山志」は5巻からなる和書です。木版刷りの墨一色ですが、4巻の植物と鳥が登場するページだけが色刷りになっています。鳥は2種類、以前紹介した慈悲心鳥(ジュウイチ)と岩燕です。ところが、この岩燕の絵の添え書きには「華厳瀑の渓谷に巣くい常に渓間を回翔す(中略)尾二ついさけて尾先に小針のごときものあり」と書かれています。絵には、岩にとまっている鳥と飛んでいる鳥が描かれています。しかし、イワツバメの特徴の喉から腹の白や腰の白が描かれていません。尾の先の針や、腹が暗色なことから、ハリオアマツバメのようです。

 現在の日光では、ハリオアマツバメは秋の渡りの時に見たことがある程度の出会いしかない少ない鳥です。しかし、イワツバメは昔より減ったとはいえ多い鳥です。それはとりもなおさず、この鳥が食べ物となる空中を飛び交う昆虫がいて、そういった昆虫が生きていける水辺があることに他なりません。
 とくに多いのは、駅周辺。駅舎とマンションがコロニーです。大谷川沿いの新しい日光小学校にもコロニーがあります。清滝の横断歩道橋も巣がありました。いろは坂を上ると、中禅寺湖のほとりの旅館街。日光市周辺では、金精峠を抜けた丸沼のほとりの旅館にも雲のようにいました。霧降を超えた大笹牧場の建物も繁殖場所です。こうして見ると日光の全域、それも大きな建物があって、川や湖などの水辺のあるところにはコロニーがあることになります。ですから日光の夏の日、しばらく空を見上げていればイワツバメの姿が目に入ることになります。
 今まであげた日光のコロニーは、みな人工的な建築物です。東京でも増えた鳥なので、この鳥の繁殖場所を何カ所も見ています。いずれも、大きな橋の下、倉庫、鉄道の高架下など、はやり建築物です。

 ところが、日光では本来のイワツバメが巣を作っていた環境でのコロニーを見ることができます。人間がいなかった時代、あるいは木造の建築物に住んでいた時代に、イワツバメが巣を作っていたであろう本来の環境、崖のコロニーです。
いちばん身近なのは場所は、華厳の滝。もう一箇所は雲竜渓谷の崖地です。探せば男体山の薙にもあるかもしれません。いずれも見づらいところなので、詳しく観察できないのが悩みです。今年(2003年)は、雲竜の崖の大きな穴の中に盛んに出はいりをしていました。この近くでは、アマツバメもコロニーを形成しています。アマツバメが切り立った崖にある岩の隙間を出入りしているに対し、イワツバメは大きな穴の中に入っていきます。泥の巣材で、とっくり型の巣を作るイワツバメは、より雨の当たらない環境を選択しているようです。
 あたり前の鳥になってしまったイワツバメですが、崖地での繁殖は珍しいのです。少なくとも、私は日光以外で見たことはありません。また「清棲図鑑」には、自然営巣している地名は焼岳と華厳瀑しか書かれていませんので、たいへん貴重な場所であると思います。
 ツバメも本来の繁殖場所は崖です。しかし、崖での営巣は見ることはなく、完全に人の建てた建築物に依存しています。イワツバメも今、人間との関係がツバメ的になろうとしている鳥です。この数少ない天然モノのイワツバメがいるところが日光なのです。

 そういえば、イワツバメは人工物への営巣でも橋の下、庇の陰など、雨が当たらないところに巣を作っています。自然のなかでは、崖地にあいた大きな穴はそうあるものではなりません。いくら水が豊かで昆虫が多くても営巣場所がなくては、生息できません。人がいない時代、イワツバメは数の少ない鳥であったことでしょう。
 人工物に依存するようになったイワツバメ、人間のほうは迷惑な存在です。以前から日光消防署ではネットを張り巣を作らないようにしています。このネットにときどき鳥がかかり、宙ぶらりんになっている姿はむごいものです。
 また、東武日光駅では、2002年からイワツバメの追い出しのために巣を作る場所に金網を張りました。果敢なイワツバメは、それでも金網の外に巣を架けています。なんとも健気なものです。
 不思議なことに、200メートルほど離れた我がマンションには、2001年から急にイワツバメが巣を作るようになりました。おかげで、間近にこの鳥のようすを観察できるようになりました。いつも、巣の争奪戦のケンカばかりしているのがわかります。ケンカをするヒマがあったら新しく巣を作っていれば、もっと子孫を残すことができるのにと老婆心ながら思います。
 マンションで急に巣作りがさかんになったのは、東武日光駅が対策を講じる前の年です。イワツバメはどうして、追い出し作戦をするのがわかったのでしょうか。これまた謎です。

松田道生(2003年6月20日・起稿)

イラスト:水谷高英氏

イワツバメの声(霧降高原大笹牧場)>

※音声を聞くためにはリアルプレヤーがインストールされている必要があります。


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