−小さな歌姫−

ミソサザイ


 雨が多く水が豊富な日光には、いたるところに渓流が流れています。そんな渓流の近くが好きなミソサザイも日光で多い鳥です。さえずりはじめるのは3月上旬。日光に春の到来をいち早く教えてくれる鳥でもあります。
 ミソサザイは、小さくて地味な体の色をしています。しかし、そのさえずりは声量があるうえに長く鳴き、複雑な節回しできらびやかです。カタカナで表記するのは困難ですが、しいて書くと「ピィツイッビルルル、ピーチィピルピル・・・」などと聞こえます。また、聞きなしでは飛騨下呂地方のもので「一ィピー、二ィトク、三ピー、シーナン、五チイチ、ブンプク、チクリン、チャン」があります。ミソサザイの複雑なさえずりのイメージをよくとらえた聞きなしです。
 このさえずりを声紋をよく見てみると、低めの「チルチル」や「ピルピル」と聞こえるところでも4から6kHzの間を行き来し、「チーチー」と聞こえる高いところは8kHz以上に伸びています。さらに、これら声の倍音が高いところでは20kHzにもあります。私たちの耳は、せいぜい10kHzまでしか聞こえないのですから、ミソサザイの声の一部は聞こえていないことになります。二日酔いのとき、近くで聞くと頭にギンギン響くのは、この高音域の音圧が敏感になった耳と頭に響くからでしょう。
 そのため、この声はカセットテープでは録音できず、昔のレコードでは再生が不可能。DATなどのデジタル録音ができるようになって初めて録音が可能になり、なおかつ大きめのスピーカーでないと、この鳥本来の素晴らし歌声は再現することは難しいのです。小さいな鳥の偉大なるさえずりです。


 日光では、鳴沢などの標高の低い沢沿いから雲竜渓谷、霧降橋などの標高の高いところまで生息しています。とくに、多い印象を受けたのは滝尾神社周辺です。東照宮の社務所の裏あたりから始まる探索路を滝尾神社に向かって歩くと、ミソサザイがつぎからつぎに登場してさえずってくれます。約500mの道の間に、5、6羽がいたことがあります。湯滝から流れる湯川沿い、戦場ヶ原に向かう道もこの鳥の多いところ。このような沢沿いの道を歩いていると、いきなり近くで大きな声でさえずりはじめるのでびっくりすることがあります。
 さえずりは、渓流の中の岩や流木の枝先、流れにたれ込んだ木の枝、岸辺の地面、渓流の周辺の樹木の低い枝などにとまって鳴きます。また地面を歩きながら、あるいは枝をちょんちょんと移動をしながら鳴くこともあります。このように目立つところにいることと、さえずり続けてくれるので、声をたよりに姿を見つけるのは簡単。さえずる姿もよく観察できます。
スズメより小さな体に、細い嘴に丸みのある体つきで短めの尾をたてる特有のポーズをしています。全体に、焦茶色で細かい模様なのですが、一見すると一様な茶色、チョコレートのような色に見えます。
 さえずるときは、大きく口を開けて胸を反り、小さな体全体を振るわせて、振り絞るようです。また、尾羽を上下に振ったり、翼を広げたりといった動作を行い、その姿は健気でもあります。こういったときは、警戒心が薄く間近で見られ、口の中の黄色い所まで見えるほどです。


 ちなみに、秋から冬の地鳴きは「ジャッ、ジャッ」や「チャッ、チャッ」という、短い声。笹藪中など鳴きながら移動していくことが多いことと、ウグイスの地鳴きによく似ているので、慣れないと判断に迷います。ミソサザイもウグイスも藪の中を移動していくことが多く、姿が見えないのでなおさらです。ミソサザイの地鳴きは、ウグイスの「チャ」という舌打ちに似た声に比べて、音が強く濁りも多いことが区別の目安です。
 秋田県角館では、この地鳴きからチャチャギと呼ぶ地方があり「チャチャギが叫べば雪が降ってくる」と言い伝えられています。ミソサザイの地鳴きが盛んに聞かれるころに雪が降り始めるという生態的に正しいことわざです。これは、日光地方にも共通していますね。
 ミソサザイのミソは、味噌のような茶色、みそっかすのみそで小さいから、溝の転訛などの諸説があります。サザイは、貝の名前に似ていますが、韓国の小鳥類にはサザイと付いている小鳥が多くいます。江戸時代の文献にはイワヒバリと思われるイワサザイという鳥の名前も出てきますから、昔はもっと普及していた鳥の名前だったかもしれません。このようにサザイの起源は、韓国語と思われます。
 小さなミソサザイには、日本と韓国との文化交流の歴史まで含まれる深い意味があったのです。

松田道生(2003年2月25日・起稿)

イラスト:水谷高英氏

ミソサザイの声(稲荷川下流域)>

※音声を聞くためにはリアルプレヤーがインストールされている必要があります。


日光野鳥研top