−不思議な鳴き声−

カワアイサ


 

 カワアイサは、カモの仲間です。アイサとは、あまり聞き慣れない鳥の名前ですが、じつは万葉集に出てくるほど、古い名前です。漢字では秋沙と書き、秋に早く渡ってくる秋早鴨からという説、晩秋に渡来し越冬するから秋去り鴨という説と異なる2説があります。
 カモの中では大きく、胴長に見えます。雄は頭が濃い緑色で頭の後ろがふっくらした形をしています。雌は、頭がキツネ色をしています。胸が白いので、コントラストがはっきりした模様に見えます。とくに飛ぶと翼の白い模様がくっきりと出て、見間違えることが少ない鳥です。
 カワアイサは、たいへん数の多い鳥です。ところが、なじみがないのはなぜでしょう。どうも、警戒心が強く身近で見ることができないからではないでしょうか。たとえば宮城県伊豆沼は、マガンの群れが日本一集まる湖沼として知られています。ここではカワアイサも多く、数百羽の群れとなり、これまた日本一でしょう。ところが広い沼の中心にいて、どの岸から見ても遠いのです。
 日光では中禅寺湖と湯の湖が、カワアイサに出会えるポイントですが、どちらも広い湖なので、鳥との距離が遠いのが難点です。
 そこで、近くで見られるポイントを紹介しましょう。それも、いろは坂を登らない近い場所です。東武日光駅からならば歩いて15分ほどです。霧降大橋を渡ってまっすぐ行き最初の道を右へ、自動車教習所のコースのような道を通り、すぐ右にある林道に入ります。50mほど行くと、プールのような人工の池があります。東京電力の水力発電のための小さなダム。通称、東電池です。
 ここは、身近なカモ類を観察できる絶好の場所です。キンクロハジロ、ホシハジロ、マガモ、カルガモ、コガモなどといったおなじみのカモ類のほか、巣立ったばかりのオシドリの雛がいたり、ホオジロガモが毎年、渡来したことがあります。また、ハイイロヒレアシシギがいたこともあります。日光では珍しいミツユビカモメの群が入ったりする、意外な穴場なのです。
 カワアイサも、11月になるとやってくる常連です。この東電池は、比較的狭いので近くでカワアイサを見ることができるのです。数年前、夕方の散歩で東電池を訪れると、今まで聞いたことのない声が聞こえました。低い声なので、最初は鳥の声ではないかもしれないと思ったほどです。「ウーン、ウーン」あるいは「ムーン、ムーン」と聞こえる声で、遠くで誰かがお経を読んでいるよう。あるいは、アイヌのむっくりのようにも聞こえます。
 池を見回すと、いろいろなカモ類がいるので、このうちのどれかが鳴いているようです。よく見るとカワアイサが10数羽いて、雄と雌が、向き合っては奇妙な行動をしています。とくに、雄はしゃっくりをするように首を下げて背伸びをするような動作をしています。声は、このときに雄が出す声でした。そばにいる雌は「グゲゲ」とくもごった声で答えています。この奇妙な声は、カワアイサの求愛のためのディプレイの声だったのです。
 今まで何回もカワアイサに会っていますが、遠くにいたので声を聞いたことがなかったのです。この東電池では、カワアイサとの距離が近いので、今まで聞いたことのない声を聞くことができたのです。
 翌朝、録音機を用意して再度おもむき、録音にも成功しました。冬の朝ですから、寒いこと寒いこと。録音が終わったら集音器に白く霜が降りていました。その苦労の甲斐あって、45年間野鳥の声を録音している蒲谷鶴彦先生に今まで聞いたことも録音したこともない珍しい声だとほめられました。
昼間行くと、2、3羽しかいなかったり、まったくいないこともあります。警戒心の強いカワアイサですから、狭い東電池では、ほとりに人が立っただけで、皆飛び去ってしまうこともあります。工事があったり犬の散歩の人が通るので、それを嫌って飛んでしまいます。
 数が多いのは朝と夕方で、声も数の多いときに聞かれます。昼間は大谷川で魚を採って、夜を安全に過ごすねぐらとして利用しているのかもしれません。
 2月になると減少が顕著になります。どうも、狩猟鳥であるカワアイサは、狩猟による影響が大きくその行動に影響しているようです。11月下旬に数が増えるのは、11月15日から狩猟期になるからかもしれません。また、2月になると姿を消すのは、2月15日で狩猟期が終わり、住みにくい狭い池から広い湖沼へ移動しているのかも知れません。
 春になっての渡りの衝動など、もっといろいろな要因があるかもしれませんが、少なくとも食べ物と狩猟、安全が大きくこの鳥に影響しているのではないかと思っています。カワアイサにとってどちらも命に関わる大切な要因であることに違いはありません。

松田道生(2003年1月2日・起稿)

イラスト:水谷高英氏

カワアイサの声(東電池)>

※音声を聞くためにはリアルプレヤーがインストールされている必要があります。


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