−森のカモ−

オシドリ


 オシドリを日光エリアで始めてみたのは、菅沼。金精峠を越えたところにある丸沼、菅沼は群馬県となりますので、正確には日光ではありません。しかし、自然は行政区画と関係なく連続しています。丸沼も菅沼の日光の自然らしさのあるところです。
 このときは5月。渡ってきたばかりのメボソムシクイが良く鳴いていたのをおぼえています。沼の畔に立って、岸辺を見回したところ、隠れるようにいるオシドリの雄2羽を見つけました。冬の美しさに比べて精彩は、やや欠けるものの銀杏羽もちゃんとあるきれいな雄でした。


 オシドリは、冬には東京都内の公園でもごくふつうに見ることができます。明治神宮、新宿御苑、目黒の自然教育園など森に囲まれた池のある公園には毎年、越冬しています。私のフィールドの六義園でも数羽が必ずやってきます。この他、井の頭公園にもいますが、ここでは人工増殖が行われているので、野生のオシドリというにはやや難があります。
 最新の報告では、世界のオシドリの数は、5000羽たらずと言われています。外国から来たバードウォッチャーに「何を見たい?」と聞くと、「オシドリ!」という答えが多いのもうなずけます。オシドリは、見ることができたらシャンペンで乾杯する価値のある鳥、シャンペン・バードなのです。東京は、世界の5パーセントほどのオシドリが冬を過ごす、貴重な越冬地ということになります。

 さて、5月に菅沼でオシドリを見られたように日光はオシドリの繁殖地です。これ以降、日光を歩くと、あちこちでオシドリを見つけるようになりました。
 なんと、家からいちばん近い池、所野の東電の池にもいたのです。ここでは、7月になると、雌と同じ模様でやや小さく、まだ顔つきの幼い幼鳥が例年見られます。ときには、やっと飛べるようになった雛の状態のものも見られます。この周辺で繁殖していることは間違いありません。
 この他、カミさんは乗馬倶楽部の前の道をいった赤沢、由井龍太郎さんは今市の水田のなかにいるの見たことがあります。私が印象深かったのは、5月頃早く目が覚めて窓を外を見ると家の前は濃霧で、杉並木が見えないほど。この霧の中からオシドリの番が飛んできて、目の前で急旋回したことです。オシドリは、突然霧のなかから現れた建物にびっくりしたことでしょう。

 オシドリの巣は、木の洞です。卵から孵ったばかりのヒヨコ状態の雛は、高いところにある巣穴からポロポロと飛び出して巣立ちます。大きなオシドリが入ることができるほどの洞ができるような古木はそうあるものではありません。オシドリの減少は、森の古木がなくなり、洞のできないスギやヒノキの森になってしまったことによります。
 かつては皇居、明治神宮でもオシドリが繁殖した記録があり、最近でも目黒の自然教育園で巣立ったばかりの雛が見られました。ですからオシドリは、けっして山地の鳥ではありません。この鳥は、平地でも生活できる鳥なのです。平地には古木ある森がないだけのことです。
 ここで気になるのは、オシドリは鴛鴦夫婦かということです。昨日の東電池では、雌のように見えるものが4羽だけで雄はいませんでした。案内したアメリカのコネチカットから来たバードウォッチャーはちょっとがかりでした。
 基本的は、カモ類の雄は繁殖に協力しません。多くのカモ類雄は、派手な色と模様をしています。雄が、雛を連れていたら天敵に目立ってしまいます。ですから、オシドリの雄は繁殖期には雌や雛から離れて、1羽または数羽の群で湖でのんびりすごしているのです。私が始めてみた菅沼の夏のオシドリは、このような個体だったのです。
 そして、秋になって越冬地に群で集まって、ここで新たな番形成が行われるのです。このため、毎年相手が違うことになり、オシドリは鴛鴦夫婦ではないと言うわけです。雄の名誉のために言っておきますが、相手を選ぶのは雌。毎年相手を変えているのは雌です。

 6月の中禅寺湖畔の阿世潟の自然観察会でもオシドリを見ることができました。このときは、雄2羽と一番が見られました。この一番は、夏でも連れ添い仲良く湖に浮かんでいました。このシーズン、雌は巣穴で卵を温めているか、孵った雛を引き連れて渓流沿いなどで食べ物を探しているはずです。繁殖に失敗した個体でしょうか。それともまだ若い夫婦だったのでしょうか。家の前の霧の中から現れたオシドリの番同様、夏のペアは珍しいことです。
 越冬地に渡る前、9月には東電池にオシドリが結集します。周辺で繁殖したものたちでしょう。多いときで90羽をかぞえたことがあります。世界のオシドリの約2パーセントが、あの狭い池に集まっていることになります。

松田道生(2002年7月21日・起稿)

イラスト:水谷高英氏

オシドリの声(所野貯水池)>

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