−可憐なさえずり−

ノジコ


 漢字では、野鵐子と書きます。野にいるアオジの仲間で小さいと言った意味でしょう。
 それだけに、アオジによく似た姿形をしています。より小型で、脇腹の斑点がなく頭から顔、胸まで黄色く、眼のまわりにメジロのような白いリングが特徴です。
 ノジコは日本列島限定、それも本州中央部のみで繁殖している鳥です。さらに、どこにでもいる鳥ではありませんので、多少の経験を積んで日本中をバードウォッチングをしている人でもノジコを見たことのない人はいます。かくいう私もノジコの姿をしっかりと見たのは、日光通いが始まってからのこと。そうかと思うと、先日講演を頼まれて行った新潟県高柳町のダム湖の周りはノジコだらけでした。狭い上にたいへん局地的で分布をしている鳥なのです。


 ノジコの魅力は、なんといってもその可憐なさえずりです。以前、野鳥録音の大家・蒲谷鶴彦先生と野鳥の声は何が一番か、語り合ったことがあります。ホオアカは濁りがあるので声に渋みがあり下品に聞こえる、ホオジロは華麗さに欠け平凡、アオジの声は高く金属的なために耳にキンキン響いて耳障り。クロジは、変化に乏しくまったりしている。
 その点、ノジコのさえずりはテンポも良く、音質は高くも低くもなく心地よい。とくに、時折り入る「チリリ」という鈴を転がすような声がポイントとなって上品で日本的と、ホオジロの仲間ではノジコが一番良いということになりました。知らない人が横で聞いていたら、まるでワインか料理の品評のように聞こえたことでしょう。


 ところで、このノジコの生息地はどういう環境なのか、イメージが定まらないのです。はじめてノジコのさえずりを聞いたのは、福島県檜原湖の畔の林でした。昔読んだ本に生息環境は「湖の畔の乾いた林」と書いてあったので、ぴったりと思っていたのです。日光でも霧降の見晴台コースで見たことがありますから林の鳥でよいのか思っていました。
 ところが、初めて姿を見た日光では大谷川の河原に生えているカワラヤナギの梢でした。大谷川の環境は、毎年大きく変化します。10年前は砂利原が多く、カワラヤナギは霧降大橋の下流、緑橋まででした。ところが大水が出て、その下流も土砂が砂利の間に積もって草が繁茂すると、堰堤で区切られた1区画に1羽のノジコが鳴いていました。そして、河川改修で植生がなくなると、今度は周辺の沢に入り、鳴沢の白髭橋周辺、稲荷川との合流付近、さらに上流の日向ダム付近にもいることがわかりました。いずれも大谷川の流域とその支流、いろは坂より下の標高の低い地域です。
 鳴沢では近くに住宅もあり、TVアンテナにとまって鳴いていますが、日光で見ることが多いのはカワラヤナギにとまって鳴く姿です。新潟県高柳町でもそうでした。文献ではハンノキもあげられています。これは、木が連続して生えている林ではありません。渓流沿い、河原やダム湖ですから、どう考えても乾いた林ではなく湿った環境です。


 今まで日光でこの鳥がいたところの共通項、最大公約数を絞り込むと、どうも好む環境は灌木林ではなかと考えています。灌木にとまってさえずり、なわばりを主張し、地面や丈の低い草むらで昆虫を捕るという生活です。ようするに湿った、乾いたとは関係なく、灌木が点在し、開けた地面もあるような環境が発達しているのは日本の自然の中では、河原やダム湖の周辺のような場所しかないためではないかと思います。
 プラス標高の低さでしょう。いろは坂をあがった戦場ヶ原もズミなどの灌木がありますが、そこはアオジの生息域。大きなアオジに小さなノジコは負けてしまうことでしょう。
 ところで、高柳町と日光で録音したノジコのさえずりを比較してみるとおもしろいことがわかりました。高柳町のほうが、節が長い上に複雑で変化に富んでいるのです。日光は、短く単純、その上節と節の間も長いのです。たとえば、高柳のものは1節が3秒、日光が2秒、1節を構成している節が10パターンと6パターン。ですから、日光のものはホオジロとの区別が難しいほど単純、高柳のものはアオジとの区別に悩むと行った違いがあります。


 このように同じ鳥でも、より変化に富み、より複雑なさえずりとなるのは、生息密度の高さに他なりません。考えてみれば、日光でのノジコは1羽、かろうじて2羽が鳴き合っている程度です。それに対し、高柳は耳を澄ませば数羽が一度に鳴いていました。それだけにこの鳥の好む生息環境の灌木林の広範囲に広がり、仲間も多く競争が激しいことになります。
 日光の大谷川流域は、ノジコにとってぎりぎりの生息環境しかない最後の砦なのかもしれません。

松田道生(2002年7月1日・起稿)

イラスト:水谷高英氏

ノジコのさえずり(鳴沢)>

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