−日光市の鳥−

キビタキ


 新緑の葉陰をよぎる小鳥の影。木漏れ日の中に姿がとけ込んでいます。それもそのはず、黄色い喉から腹と背中の黒に翼の白い斑点。まるで飛ぶ木漏れ日のような姿をしたキビタキです。黒と黄色の粋な配色。色にうるさいデザイナーが図鑑を見て「自然にはかなわない」と唸りました。


 その光が、輝くような声でさえずってくれるのですから、野鳥ってなんて素晴らしい生き物なのでしょう。図鑑で見れば、オオルリやコマドリと並んで美しい鳥のひとつですが、森の中ではこの美しい体の色が、木漏れ日のもとで保護色となっているかも知れません。
 日光では、だいたい毎年4月中旬から下旬に東南アジアなどの南の国から渡ってくる夏鳥です。ですから、連休に日光を訪れれば、新緑のなかでさえずるキビタキの美しい姿を堪能できます。


 さて、あまり知られていないことのなのですが、日光の市の鳥はキビタキなのです。市の担当者と福田豊会長が、まだ日光野鳥研究会のないころに決めてしまったのです。私は、はじめはノビタキのほうが日光市の鳥にふさわしいと思ったのですが、考えて見れば日光市内でノビタキのいるのは戦場ヶ原のみ。たしかにキビタキの方が日光市内随所で見られ、より日光的な野鳥です。
 キビタキが生活している環境は、森のなかの中くらいの高さの木、灌木です。ですから、高い木しかないスギやヒノキの植林地では、見ることはありません。
 自然の森は、高い木、中くらいの木、藪、そして下植えと、幾層にも重なっています。キビタキは、この中でも中層木を好みます。木の種類で言えば、モミジなどの高さの木がちょうど良いのです。
 紅葉の名所である日光。キビタキにとっても住みやすい環境が多く、この鳥が多い理由がわかると思います。やはり日光市の鳥としてもふさわしかったのです。


 おそらくバードウォッチャーが、日光に来ていちばんキビタキに出会う場所は、戦場ヶ原周辺でしょう。湯滝下から歩き始めれば、湯川沿いの林、そして戦場ヶ原を抜けて終点近くある赤沼周辺のミズナラの林です。とくに、赤沼周辺のキビタキは、いつも複雑にさえずっています。また、湯元から切込湖、刈込湖へ向かう途中の蓼の湖や小峠あたりにいるキビタキもなかなかも名歌手です。
 しかしキビタキは、いろは坂を登らなくても日光駅から歩いていける小倉山周辺にもいます。この他、霧降別荘地、稲荷川下流域、滝尾神社周辺、日光植物園と上げればきりがありません。別荘地も、各家がモミジをはじめ色々な木を植えているので、キビタキにとって生活しやすい環境となっているのです。


 キビタキを録音していると、声の単調なものと複雑なものがいることに気がつきました。複雑なものは、キビタキ特有の「ヒ、ヒリリン」、セミのツクツクボウシのような「オーシツクツク」、コジュケイのような「チョットコイ」を交えて何度もこれを繰り返します。とくに「チョットコイ」の節回しはコジュケイそっくりです。声紋で見るとキビタキの声の方が音域が高いので金属的に聞こえるものの、しばらく聞いて考えないと区別がつきません。
 今まで、日光でもっとも複雑に鳴いていたキビタキは霧降有料道路の日光市と今市市の境にある霧降橋周辺のものです。最初に声を聞いたときは「こんな標高の高いところに、なんでコジュケイがいるだ?」とは思ったほどコジュケイによく似た「チョットコイ」という声を繰り返していました。
 単調なものは「チュリリ、チュウルー」程度の声を間をあけて鳴き続けます。声が高く、やや金属的に聞こえるものの寂しい声で鳴くツグミの仲間のマミジロの節によく似ています。
録音してみると、単調なタイプの方が多く6割程度になるでしょう。これに、中間のものも加えれば、複雑なタイプのものは全体の2、3割と言ったところです。これが、個体差なのか。時期による違い、たとえば繁殖期のステージによる違いなのか。キビタキの生息密度による違い、密度の高い地域のものが複雑にさえずる可能性などがありますが、今のところわかりません。


 以前、六義園でマミジロキビタキに出会ったことがあります。おそらく東京都内唯一の記録だと言えるほど、珍しい記録です。しかし、マミジロキビタキは大陸にひろく分布しており、世界的にはキビタキより多い鳥です。ですからロシアの図鑑では、キビタキはマミジロキビタキの亜種扱いです。
 この時のマミジロキビタキは、たいへん単調な節回しで鳴いていました。そのため、名前もマミジロキビタキだが、声もマミジロだと思ったものでした。
 どうもキビタキとしては、単調な声のほうが本来のようで、複雑なものは少数勢力なのかも知れません。

松田道生

イラスト:水谷高英氏

キビタキの囀り(日光市内稲荷川下流域)>

※音声を聞くためにはリアルプレヤーがインストールされている必要があります。


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