小倉山を登る

野鳥紀行の最初のページ

 考えて見ればまだ小倉山を紹介していませんでした。小倉山は、日光駅から大谷川にかかる霧降大橋を渡って左から始まりアーデル霧降あたりが頂上となる丘陵です。江戸時代に書かれた「日光山志」には、日光八景のひとつして「小倉山春暁」が描かれています。なだらかな丘陵に春霞がかかる様は、名前の由来の百人一首の小倉山だけに、和歌心があれば一首詠みたくなる風景です。今でも早春の芽吹き時は、コナラの若葉の黄緑色がとてもきれいなところです。

 私が小倉山に登るときは、乗馬倶楽部に車を置かせてもらって、馬屋の裏あたりから登り始めます。以前は、登り口がはっきりしていたのですが、今ではシカの通り道がたくさんあって、どれが人の道かわかりにくくなっています。しかし、尾根へ尾根へたどっていくと、だんだんしかっりとした道になっていきます。
 はじめは急な登りですが、尾根に出るとなだらかな道になります。右から鳴沢の渓流の音が聞こえてきます。登り切ったところで、さっそく出迎えてくれたのがメジロのさえずりでした。一息入れるにちょうど良いと、テープレコーダーを回します。長い長いさえずりのため、ゆっくりと休むことができました。
 左手はスギ林ですが、右手は広葉樹の林で、鳴沢の方からはオオルリのさえずりが良く聞こえてくるところです。夜に、ちょうどこのあたりからフクロウの声が聞こえてきたこともあります。

 しばらく平坦な尾根道が続き、四差路があります。真ん中の道が、頂上に向う道。ところが、ここから急な登りになります。まっすぐな道だけに、けっこう息が切れます。秋は、膝くらいまで、落ち葉が積もっていてとても歩きにくかったことを思い出しました。でも、すぐにまたなだらかな尾根道になります。ここまで来ると、林床の植物が少し変わって黄緑色の細い葉の草が一面に生えています。福田会長がこの干し草でベットを作ると最高だといっておりました。
 以前、このあたりで道の向こうから、トコトコと子イヌが歩いて来たことがあります。私に気づくと、ひらりと身を翻して森の中へ。そのとき、太い尾が見えイヌではなくテンであることがわかりました。そんな獣との出会いを楽しみに何度が登っている小倉山です。一度は、頂上でやはり小型の獣。今度は、なんとネコでした。小倉山は、人と野生動物のすみかの境界にあることになります。
 このままいけばすぐに頂上ですが、なだらかな頂上なので、どこが一番高いか気を付けないと通り過ぎてしまいます。タッタと登れば、ここまで20分くらいでしょう。

 今日、頂上で出迎えてくれたのはキビタキとサンショウクイでした。キビタキのさえずりには、たいへんにぎやかなものと寂しげなものがあります。にぎやかなものは、コジュケイに似た「ちょっと来い」やツクツクボウシの声のような「ツクツク、ホーシ」の繰り返しが入っています。寂しげなものは、マミジロ風に「ピルリー」などの単調な節を繰り返します。
 この違いが何故あるのかわかりませんが、今日のキビタキは寂しげな方でした。時々、見える姿はとてもきれいなキビタキですから、けして若いものが歌が下手なわけではなさそうです。このキビタキは、私が頂上で腰を下ろしていると、私のまわりを巡るようにさえずってくれました。

 そろそろ帰ろうともと来た道を戻ることにしました。道ばたに来るときは気がつかなかった、細かいスギの皮の固まりが落ちているのを見つけました。鳥の巣の産座のようにも見えます。しかし、上を見上げてもこの大きな固まりを支えるような木も枝もありません。以前、クマは春にスギやヒノキの皮を好んで食べるというのを思い出しました。どうやらクマの糞です。
 先ほどの四差路をアーデル霧降のほうへ振りました。太い道がスギ林のなかを抜けています。さっきのクマの糞のせいか、少し足早になっているの気がつきました。
 スギ林のなかは、藪もないので道を無視して森の中を歩くことにしました。林のなかは、シカの痕跡でいっぱいです。シカ道が縦横にあり、糞がそこかしこにあります。大きな木の根本にはシカが寝た後があり、木の幹にはシカの毛が付いています。今まで、そこで寝ていたのではないかと思うほどです。シカが歩けばドカドカと大きな音がしますから、今はいないようです。それとも、どこからそっと私のことを見ているのでしょうか。
 森の中の日溜まりに地面に、大きなヘビが日向ぼっこをしているのを見つけました。アオダイショウです。よく見ると、もう一匹、さらに一匹います。大中小、三匹のヘビの日光浴をじゃましてしまったようです。
 スギの木の上からきしるようなキクイタダキ、大きな声のクロツグミのさえずりと、まだ小倉山の鳥たちの歓迎が続きます。
 少し左に振りすぎたようで、予定より乗馬倶楽部に近いところで林から出てしまいました。馬が草をはむのどかな風景を見ていると「ピョー」と鋭い声が聞こえてきます。ノスリです。今年は乗馬倶楽部にいると、ノスリがよく飛んでいます。小倉山のどこかで繁殖しているかもしれません。そういえば、今年はオオタカとの出会いもありました。

 ノスリとオオタカ、猛禽類との出会いもある小倉山。市街地に近いながらも豊かな自然があるところです。日光野鳥研究会では麓の森林をバードウォッチングの散歩コースとして活用を進めているところでもあります。

松田道生
2001年6月3日取材  2001年7月21日執筆

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