河原の散歩−大谷川

野鳥紀行の最初のページ

 日光で録音を始めてから何ヶ所か行かなくなった場所がある。そのひとつが大谷川の河原である。我が家のすぐ裏になるので、散歩をしたくなったらいつでも行ける場所である。それだけに日光に来れば、午前中は小倉山、夕方は大谷川を散歩したものである。しかし、川の流れの音が録音には、じゃまなので河原からは足が遠のいてしまった。
 ところが、大谷川は四季を通じて野鳥の多いところ。それも観察しやすいし、町からも近く手軽なバードウォッチング・スポットである。たとえば、渋滞を予測して早めに下に降りてきたら意外とすいすいとこられた時など、時間が余ったらちょっと寄ることができる。何しろ、東武、JRとも日光駅のすぐそば。駅から霧降大橋まで行き今市方向に下っても良し、神橋方向に上っていっても良い。いずれも、川の下流にむかって右の岸の道は車が通ることが少ないので歩くのには良い。道から河原を見渡すことができるから鳥も見つけるのも簡単、初心者にもうれしい所でもある。

 一年を通じて水辺だけにセキレイ類が多く、キセキレイ、セグロセキレイ、最近ではハクセイレイも四季を通じて生息している。
 春から夏は、ホオジロの仲間が見所である。ホオジロはもちろん、ホオアカも多い。ホオジロは長めの節で歯切れがよく、ホオアカは短めの節で濁りが入り、節と節の間が長めである。しかし、ホオジロとホオアカが交互になわばりを持っている所では、お互いの歌に影響を受けているのか、ホオジロの声の中に濁りがあったり、ホオアカのくせに澄んだ声で鳴いていたり区別に迷うときがある。
 もっと迷うのはノジコで、よく茂ったカワラヤナギのなかで鳴くから、姿の確認もしづらい。ノジコのさえずりは、ホオジロより優しくホオアカのような濁りがないので上品だ。姿も似ているアオジに声も似ているが、アオジのようにキンキンした金属的で耳障りなところもない。「チリリ」という鈴音が節の終わりに入るのが特徴。この日光でのノジコと始めての出会いは、大谷川でアオジのさえずりが聞こえたものの標高が低すぎる、おかしいと思って姿を確認したことによる。いずれにしても、河原では見通しがきくので、堰堤にでも座ってじっくりと、鳴き声を楽しみながら姿も確認した方がよいだろう。
 このほか、晩夏までウグイスのさえずりは絶えることはない。春先から初夏はモズが繁殖している。駅舎で繁殖しているイワツバメが土や獲物を捕り来る。杉並木で繁殖しているコムクドリがやはり河原に食物を取りに来る。これも見づらい鳥なので河原の開けたところで観察するのが得策だろう。
 夏の鳥の珍しいところでは、アオバトが飛んでいたこともある。ハトを見たらキジバトやドバトだと思って見落とさないように注意した方がよいだろう。
 秋から冬は、コガモやカルガモが流れにいる。河川敷ではホオジロやカシラダカ、ベニマシコの群が、ほぼ例年見られる。このような地面で群れている鳥のなかにカヤクグリが入っていることがある。年によっては、ハギマシコ、マヒワなどの冬鳥が群でいることもある。河原のなかの道を歩いていると、足下からキジが飛び立つことがあるのもこの頃だ。
 不思議なことにカワガラスは冬だけで、春になって繁殖をし始める頃になると、鳴沢や稲荷川などの細くて流れの速い渓流に移っていく。キセキレイは逆に、春から夏に多く、冬少なくなる。
 例年キアシシギの数10羽の群を見られるのは、ゴールデンウィークが終わった頃だ。干潟の鳥のキアシシギが内陸で見られるのは、ちょっと珍しいことである。
 大谷川の河原は、年によって植生の具合が大きく変わり、それにより鳥たちの種類も変化している。それは、ひとえに川の水量による。私が日光に通い始めた頃は、霧降大橋の下流にある人道橋、人だけが渡れる橋でその色から地元では緑橋と呼んでいる橋の下流は砂利原だった。そのため、イカルチドリを見ることが多かったしコチドリもいた。そして、何度かの大量の雨が降って上から運ばれた土砂がつもり、植生が少し生えてくるとイソシギが繁殖をした。さらに、その植生が生い茂り、草原や灌木が増えるとノジコが多くなった。ノジコが多かったときは、堰堤で区切られた区域ごとに、なわばりがあったほどだった。現在は、一昨年の台風によって植生は流され、またもとの砂利原になってしまった。

 大谷川原は、このように四季を通じて、年によってたいへん変化に富んでいる。それだけに1度訪れればそれで満足できる場所ではない。気軽に行けるのだから何度でも行って、いろいろな鳥との出会いを楽しんでいただきたい場所である。私も河原の散歩を復活させることにしよう。
 ということで、夏の暑い日に河原を歩いてみた。緑橋から下流にむかって、川岸沿いを行く。草いきれの埃っぽい道を歩くのは、久しぶりだ。それにしてもクズの勢いは凄い。その茂みの中からウグイスのさえずりがさかんに聞こえる。ホオアカだろうか、濁りのあるさえずりが聞こえてくるが、姿は見えない。カワラヤナギの茂みの中で、さかんにオナガの声がする。数羽の群が長い尾を引くように川を渡っていく。そのとき聞き慣れた「フィ、フィ」という柔らかな声が聞こえてきた。聞いたことのある声だが、鳥の名前が出てこない。
 姿を探すと、岸辺の石の上に小さな地味な小鳥がとまった。ベニマシコの雌だ。翼の白い2筋の模様がはっきりと見える。冬ならば珍しくない風景だが、夏のベニマシコは青森県下北半島より北、おもに北海道の鳥なのだ。それが関東で見られると言うことは、たいへん珍しい。もちろん、日光の夏の出現は新記録である。私が名前が出てこなかったとのも当然といえば当然、まさか夏の日光でベニマシコがいるとは、思ってもいなかったからだ。
 川の流れに沿って風が吹いている。川の水は冷たく1分も手を入れていると痺れてくる。それだけに、川の流れのそばを歩いていると涼しい。それにしても暑い日である。流れからちょっと外れると暑さはきびしい。小さな日陰を目指しては歩き、一休みをしながら歩いていく。
 右手に雑木林が広がり、少し日陰が多くなった。日光温泉のあたり、七里という地名である。林のなかでは、ツクツクボウシがにぎやかに鳴いている。ヒヨドリの声に混じって、「ケレケレケレ」というアオゲラの声が聞こえた。

 ところで日光の謎の鳥のひとつにヤマゲラがいる。ヤマゲラはアオゲラによく似ているが日本では北海道限定の鳥。それが昔、日光で記録されているのである。これは、今でもちゃんと剥製が山階鳥類研究所に残っていて、所長の黒田長久博士にうかがったところ、雌でラベルには「七里」で採集されたと書かれているという。それだけに日光、とくに七里でキツツキの声や姿を見つけるとたいへん気になってしまう。
 多少知識のあるバードウォッチャーならば、本州で緑色のキツツキを見れば、アオゲラにしてしまうことだろう。しかし、ヤマゲラの可能性もなきにしにあらず。先入観を持たず、すなおにバードウォッチングをすればいろいろ発見があるかもしれない。
 今日のベニマシコといい、昔のヤマゲラの記録といい、日光は北方系の鳥が突如と出現する。亜種シマエナガの記録、マヒワの繁殖の可能性、クマゲラの噂まであるのだから、どんな発見が待ち受けているかわからない。

 帰りは日光連山に向かった歩くことになる。もう山からは入道雲がわき上がり、青い空をおおい始めている。今日もまた夕立になりそうだ。

松田道生
2000年8月10日など取材・2000年8月10日起稿

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