牧場の朝−大笹牧場

野鳥紀行の最初のページ

牧場の朝は、気持ちがいい。空気は澄み、広々とした風景が広がっている。ときおり聞こえるウシの声がいかにものどかだ。大笹牧場は、日光市街から霧降有料道路を通って車で約30分。広大な牧場という環境、日光のもうひとつの顔が大笹にある。

 私は、ずっとヒバリのさえずりを録りたかった。野鳥のさえずりのなかで、ヒバリほど複雑で美しい声はいないだろう。ぜひとも録音して声紋分析にかけて、その素晴らしさを科学的にも確認したと思っていた。しかし、ヒバリのいるところは開けた環境。河川敷、畑地、空き地など。今、こう言った平らな環境はつぎつぎに開発されて少なくなった。ヒバリも近年、たいへん減った鳥のひとつなのだ。
 それに、農耕地は朝早くから農作業しているし、開けた環境だけに雑音も遠くまで届いてしまう。なんとか静かな日光でヒバリがいないか、あちこち探してみた。以前、小田代ヶ原でヒバリのさえずりを聞いたことがある。ところが、どんなに朝早く行っても電気バスを利用する限り、観光客より早く行けない。人声は車の音以上に、野鳥の声の録音の天敵だ。それに小田代ヶ原は立ち入ることができないからヒバリに近づくことができない。また、小田代ヶ原でさえずっていたヒバリはたった1羽だった。近くの光徳牧場では0羽。あの草原の面積でせいぜい1羽なのだ。競争相手の少ない所のさえずりは、ちょっと物足りない。たくさんいて近寄ることができる場所が理想的なのだ。
 そこで白羽の矢を立てたのが、大笹牧場である。例によって、午前3時半に起きて顔を洗っただけで出発。まだ、暗い霧降有料道を行く。うれしいことに、料金所に係員が来る午前6時前は無料。片道920円、往復2千円近い料金がただ、早起きは3文の得である。

 登るにつれて空が明るくなっていく。そんな道路の上で、キツネの親子が遊んでいた。これまた早起きの得である。
 六方沢橋を渡り峠を越えると、木がまばらになり牧場の風景となる。大笹側の料金所を抜けると、牧場の施設が点在している。道沿いにある1軒の施設、作業場だろうか、たくさんのイワツバメが巣を作り、一大コロニーとなっている。まるで雲、あるいはウンカのように建物のまわりを飛んでいる。よく見ると、電線に大きなタカが1羽とまっている。どうやらそれが原因で、パニックになっているようだ。タカは、ノスリ。巣立つ、雛を狙っているようだ。私に気がついたノスリは、ふわりと体を翻し飛んでいってしまった。まずは、このコロニーのある軒下にマイクを置いてイワツバメの声を録音をした。
 次の建物では「ピキッ、ピキッ」とムクドリの警戒の声が聞こえた。この建物の前の電線では、ハシブトガラスがとまっている。今度は、建物で繁殖しているムクドリの雛をカラスが狙っている。朝から食うものと食われるものの戦いは始まっていた。
 さて、くだんのヒバリ。さえずりはたえず聞こえてくるのだが、なかなか道際で鳴いているものがおらず、録音のポイントが定まらない。しばらく、道を行き来していると柵にとまって鳴いているヒバリを見つけた。さっそく、マイクをしかけて車に中に隠れる。一度は飛んでしまったが、しばらく待っていると同じ柵にとまってさえずってくれた。
 ヒバリは、飛びながらさえずるものだと思っている人が多いが、記録では地面などとまってさえずる方が多いのだ。いくら空をさがしてもいないのはそのためだ。とくに、朝夕は地上で鳴くことが多いという。
 まさに論文通りに、とまって鳴いてくれている。ステレオ録音だと、飛びながらのさえずりは、音のバランスが崩れて聞きづらい。どんなに左右のバランスを調整しても、バックのノイズもいっしょに変化してしまうので、真ん中に持ってくるのが難しいからだ。それだけに、とまって鳴いてくれるのはうれしい。
 バックに聞こえるウシの声も牧場らしくて良い。しばらくするとカッコウやホトトギスの声も聞こえてきた。
 それにしてもヒバリのさえずりの複雑さは、見事なものだ。まず、節のレパートリーが多い。さらに、そのいろいろな節を繰り返すのだが、同じ繰り返しはなく、さまざまな順序で出てくる。それに、さえずりが長い。3分も5分も続く。ヒトが歌うときは、どこかで息を吸わなくてはならない。ヒバリのさえずりにはそんな息継ぎはない。ヒトが、声帯で歌うのに対し、鳥は鳴管で音を出す違いがここにあるのだ。
 ふと気がつくと6時10分前になっている。急いでゲートを抜けないと料金を取られてしまう。まだ鳴いているヒバリに髪を引かれながら大笹牧場を後にした。

 ヒバリの声(97KB)   イワツバメの声(168KB)

松田道生
2000年6月5日取材・2000年8月9日起稿

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