山久保 (やまくぼ)

野鳥紀行の最初のページ

 日光に来て観光地だなと思うのは、施設が多く、充実しているからだろう。しかし、私は日光には水田がないことが大きな要素だと思っている。要するに風景が、田舎臭くないのだ。おそらく日光に来て、水田を見るのは霧降大橋を渡って霧降高原に行くときに目にする坂の右側にある一枚の水田くらいだ。いろは坂を登っての奥日光コースならば水田を目にすることはない。水田がないことで、いつも帰省する田舎とは違う観光地にやってきたのだと、観光客の多くが思うに違いない。
 ところが、水田というのはある意味で日本の自然形態のひとつであるし、そこに住む生き物たちもたくさんいる。日光のような周囲が自然に恵まれたところの水田ならば、また色々な生き物に出会えるのではないか思うわけだ。

 前回紹介した善法もそんなつもりで探しあてた場所だ。私は、善法の鄙びた雰囲気に感激していたら、福田会長が「善法よりよい場所がある。そこには、サンコウチョウもいる。」と、強力なお誘いの言葉。さっそく初夏の午後、会長の案内で山久保に向かった。珍しく会長の奥さんもいっしょ。奥さんは、日光に住んでいても山久保に行くのは何10年ぶりだそうだ。
 国道を今市方向に行って小来川方向に行く道を左に入る。ただし、この曲がる所がわかりにくい。もうひとつのルート、日光中学校の裏へ行き日光自動車道路を越え、つづれ折の道を登って今市方向へ行く。このほうがわかりやすい。しばらく行くと「山久保神社」の標識があって、そこを右に入ればよい。ただし、日光方向から行くとこの標識が裏側なので見落とさないように注意してほしい。
 集落をひとつ超えて道なりに行くと、小高いところから広がった風景を見渡せる場所に出る。遠景は山、また山である。遠くの山は、ほとんどスギ林だが、近くの丘陵はクヌギだろうか広葉樹が植わっている。そして、目の下には棚田が広がり後ろはネギ畑だ。懐かしい田舎の風景が広がっているのだ。

 このときは、電線には巣立ったばかりツバメの雛がずらっと並んで、親鳥から食べ物をもらっていた。ハシブトガラスの雛があまえたような声で鳴いているのも聞こえてくる。カワラヒワが鳴きながら飛んでいく。ウグイス、ホトトギスもにぎやかだ。ホトトギスもウグイスも、山奥の野鳥の印象があるが、こういった風景も彼らの生息地のひとつなのだ。わざわざバードウォッチングに行かなくても会える鳥であるのだと、山久保に来てあらためて認識した。
 遠くでクロツグミがさえずっている。声のするほうへ行くと、スギ林の山道に入った。ここでは、センダイムシクイ、イカル、ホオジロが鳴いている。車の前を小さな生き物が横切った。カエルかと思ったら、巣立ったばかりのヤブサメに雛だった。近くで、親鳥が怒ったようにさえずり始めた。  もとの場所にもどり、この集落の中心にある山久保神社へ行く。スギの巨木がある参道はなかなか趣がある。林の中からキビタキの声が聞こえてきた。
 このあたりには、広葉樹の林が多い。なにか懐かしい感じのする風景だ。いわゆる薪を取るために東京周辺にもたくさんあった武蔵野の雑木林の雰囲気なのだ。会長は、この林の中からサンコウチョウのさえずりが聞こえてきたという。日光に多いスギが少なく、広葉樹の林が山久保に多い理由は、ここはミョウガの産地だそうで、その苗床に敷く腐葉土を取るために林が残っているとのこと。人の営みが、自然を守っている一例である。

 その後、何度か山久保を訪問した。早朝の山久保では、クロツグミのさえずりがあちこちで聞かれ、1羽1羽さえずりのパターンが違うことがよくわかった。また、タカの仲間のハチクマが何度も鳴きながら飛んでいったこともある。善法はサシバ、山久保はハチクマとほぼ同じサイズのタカが生息していることも興味深い。
 そして、なんとっても山久保での録音の収穫は、ニワトリの声が録れたことだ。最近では、ニワトリの声を聞くことはない。いたとしても、町や人の営みの騒音でろくな録音ができないのだ。しかし、山久保ではニワトリの鳴いているバックにホトトギス、キセキレイ、スズメが鳴いている。一昔前ならば、日本中のどこでもあたりまえに聞くことができた音の風景である。ところが、今では聞くことも体験することも難しくなってしまった。
 山久保は隠れた日光の一面を見るだけでなく、日本の原風景がいろいろ残っている。

松田道生
2000年6月2日他取材・2000年7月9日起稿

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