善 法 (ぜんぼう)

野鳥紀行の最初のページ

 善法は、ガイドブックによると「桃源郷のような人里」と書かれている。善法は、日光市内でありながら鳥の記録では地名が出てきたことがない。しかし、これを読んだときから、是非とも訪れてみたと思っていた。

 意を決して、いざ善法へと出かけたのだが道がわからない。たちまち迷ってしまった。農道と山道を車であちこち走っている内に、山のなかに突然、集落が現れた。地図で確認するとそこが善法だった。
 道順は、日光駅からだと霧降大橋を渡って今市方向へ、右に運動公園、左に大駐車場のある信号の次の角を左に入り、市営住宅の中を通り抜け、つづれ折りの山道へ入る。小さな川を渡り、登り切ると石仏が並んでいる。そこを越えると山に囲まれた田圃と集落が現れる。そこが善法である。日光駅からだと車で10分くらいでいける。
 善法には、人家はわずか9軒しかない。あとは田圃と畑である。周囲を小高い丘陵に囲まれている。天気がよいと、この丘を越えて日光連山がそびえてたっているのが見える。この山々が見えなければ、とても日光とは思えない。どこか懐かしい日本の里山の風景が広がっているのだ。
 善法は、なんといっても静かである。畦の横をサラサラ流れる水路の音が気になるほどなのだ。丘が、今市へ向かう国道の自動車の音を遮断してくれているのだろう。車の音がしたと思ったら郵便屋さんだった。ただし、最近サルを脅かすための音だろうか、山を越えて爆音がときどき聞こえてくる。

秋はモズの高鳴き、冬はホオジロの地鳴き、春はウグイスのさえずり、そして夏はカエルの声が似合う所である。そう思って初夏の日の午後、カエルの声を録音しようと善法を訪れた。水がはられた水田には、植えられたばかりのイネがさわやかな風にそよいでいる。水の中には、オタマジャクシがいっぱい泳いでいる。それだけにカエルの声もアマガエルと○○ガエルが鳴いている。
 さっそく田圃の畦にマイクを置いて、スタンバイである。録音ボタンを押すと、カエルの声が近くで遠くで鳴いているがよく聞こえる。山が近いからウグイスの声も入る。こういう時ばかりは「ウグイスよ、鳴くな」と祈ってしまう。

 近くの農家のおばさんが私のやっていることを見て、不思議そうな顔をして通っていった。そして、ヒヨドリもちょっとうるさいなと思っていると「キン、ミー」と甲高い声が右から入った。録音機のレベルメーターが跳ね上がっている。慌てて右のほうを探すと、2羽の大きな鳥が飛んでいく。サシバである。サシバは、タカの仲間。多くのタカが渡りをほとんどしないの対し、夏にやってくる渡り鳥。赤みのある褐色の胸と背中が特徴である。

 サシバは、すぐそばの人家の横のスギの木にとまった。この家を挟んだ反対側の木にハシブトガラスがとまっている所を見ると、このカラスに対しての威嚇であろうか。ということは、この近くで巣作りをしているのだろうか。それとも、時期的には渡ってきたばかりの頃、なわばりの確保のための鳴き声であろうか。
 急いでマイクをサシバのほうへ向ける。家を挟んだままサシバとカラスが向かいかっている。にらみ合いと行ったところだろう。しばらくして、カラスが飛び去った。しかし、サシバはそのまま同じ所にとまったままでいる。
 さきほどのおばさんが、近くで摘んだものだろうか、フキを持って戻ってきた。「タカがいるよ」と言うと「あの山に巣がある」とこともなげに言う。地元の方にとっては、サシバは身近かな鳥のようだ。
 カラスが飛び去ってからだいぶ経ってからサシバは2羽とも飛び立ち、私の前を横切り今度は林の縁にとまった。そして、しばらくしてから森の中へ姿を消していった。いつものサシバに比べると、動きがのんびりしているように思える。渡ってきたばかりで疲れていたのだろう。

 先月は、手前の善法川にかかる橋のあたりでミソサザイを観察していたら足下にカタクリの葉がもう出ていた。知人は以前、この川で珍しいアオシギを見たと教えてくれた。
 冬に善法に来たときは、サルの50頭を越える群が刈り取られた水田に散らばりのんびりと餌を探していた。このサルの横では、カシラダカの群とカケスが数羽、やはり餌をあさっていた。善法は、生き物たちにとっても桃源郷なのかもしれない。

松田道生
2000年5月19日取材・2000年5月20日起稿

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