日光、最高のコーラス

野鳥紀行の最初のページ

 目覚まし時計の音で、夢の中から現実の世界に引き戻されました。午前3時。このまま寝てしまおうかと一瞬思うのですが、体にムチ打って布団から起きます。
 顔だけを洗って、前の晩に用意しておいた装備一式を車に積み込み出発です。当然、外は真っ暗で交差点は点滅信号です。途中、シャトールイーズで正井さんを拾います。

 目的地は霧降高原。有料道路を行き、バスの終点、スキー場を越えた先、六方沢橋の手前です。ちょうど日光市と今市市の市境で、霧降橋という小さな橋があります。この橋の架かる沢が、野鳥のコーラスを聞くことができる最高のポイントなのです。
 正井さんはハイビジョン番組「知られざる野鳥の楽園 日光」の音声担当です。番組に使用する野鳥の素晴らしい歌声を録りたいという希望を叶えてあげたくての早起きです。

 現地に着いたときもまだ暗く夜という感じでした。しかし、もう野鳥たちはさかんにさえずっています。いちばん多いのはウグイスです。数メートルおきに鳴いているのではないかと思うほどの高密度。「ホー、ホケキョ」としっかりした声で、速いテンポで鳴いています。ウグイスがこれだけたくさん生息しているところも珍しいでしょう。数が多ければ競争も激しいので、声もしっかりしテンポの速く強く鳴くのでしょう。
 近くでコマドリが軽やかな声で鳴き始めました。少し離れたところでは、ルリビタキが優しい声で鳴いています。メボソムシクイはやや遠くで鳴いています。一声、エゾムシクイが軋るような声で鳴き、飛び去りました。彼らの合唱が、この沢から沸き上がるように聞こえてくるのです。
 そればかりではありません。道路を挟んだ山の斜面からは、キビタキの複雑で細やかなさえずりが聞こえてきます。このキビタキは、さかんにコジュケイのような「チョットコイ」という節を何度も繰り返すという特徴がありました。沢からのびている大木から「タララ・・・」というキツツキのドラミングがコーラスの合いの手のようにうまい具合に入りました。その後、「キョ、キョ、キョ」とアカゲラが鳴きながら沢を渡っていきます。ドラミングの主はアカゲラでした。遠くのモミの木のてっぺんに、アカハラがとまって単調ながら大きくはっきりした声でさえずっています。
 ここらで東の山の端が白くなり、明るくなってきました。遠くでは、おなじみのカッコウ、ホトトギスが鳴いています。正井さんと二人で道路際に座り込んで、ヘッドホーンから聞こえてくる野鳥たちの声に聞き入りました。後で録音を聞いて気がついたのですが、この他にビンズイも鳴いていました。この時の数10分ほどの録音には、10種類を越える野鳥の声が入っていました。

霧降の朝のさえずり (98/7/3 RealAudio 153KB)

 別の時には、この場所でゴジュウカラ、エナガ、ヒガラ、コガラ、シジュウカラ、ヤマガラ、カケスの声も収録できました。
 この霧降橋付近が素晴らしいのは、キビタキ、ヤマガラのような低い山の鳥とコマドリ、メボソムシクイのような高い山の鳥がいっしょにいることです。鳥の多くは標高によって住み分けています。ここの標高が、いろいろな鳥が住める山の高さのちょうど中間にあるためなのでしょう。

 この他のポイントを紹介しましょう。この先の六方沢橋は、沢と両側の山の斜面からコーラスがステレオで聞こえてきます。ここもなかなかのものです。ただし、沢が広いために鳥の声が遠いことと、日が昇り温度が上がると橋が膨張して鳴るのが困りものです。橋の音は初めて聞くとびっくりしますが、これは録音には天敵です。
 また、大駐車場のあたりは、アカハラの多いところです。アカハラのさえずりは、日の出前がさかんで山の端が白くなる頃には鳴きやんでしまいます。ここで録音したアカハラを後でじっくり聞いていたら、そのなかにマミジロのさえずりが入っていました。アカハラに比べて単調なさえずりなので聞き逃していたのです。再度、マミジロを録音するために、また早起きをしなくてはなりませんでした。

 まだ、真っ暗な中を山の中を通る道路を行くと、いろいろな生き物に会います。前から2つのピンポン玉が弾むように飛んでくるので何かと思ったらテンの目でした。車のヘッドライトの中、長い尾を翻して草むらに飛び込んでいきました。カーブを曲がったとたん道路の真ん中にいたヤマシギを危うく轢きそうになったこともあります。今までみたこともない日光の野生生物たちの素顔をかいま見た感じがします。
 ただし時折、車は来ます。道路整備のパトロール、警察のパトカーが6時頃に通ります。このほか大駐車場が日の出の写真を撮影するポイントと紹介されたらしく、休日はカメラマンが頻繁に通るのでお気をつけください。

 この日、録音した正井さんの作品は番組のオープニングで流れています。

松田道生
1998年7月3日取材・2000年4月11日起稿

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