志津小屋に泊まる

野鳥紀行の最初のページ

 野鳥の声の録音を始めた。すると今まで気にならなかったノイズが気になる。いかにこの世の中がノイズだらけであることに気がついた。そのため、日光中ノイズの少ない場所を求めて歩くことになった。そんななかで、きっと志津ならば静かではないかと考え志津小屋に泊まることにした。

 志津は、市内から見ると男体山と大真名子山との裾野が交わるあたりになる。光徳へ行く手前を志津林道へ入る。太郎山への分岐を通るあたりから、舗装が途切れてダートとなる。それでも、光徳から20分ほどで志津の越と呼ばれる男体山と大真名子山に挟まれた少し開けたところに行き着く。この先は、富士見峠や女峰山から赤薙山への縦走コースへつながっている。
 小屋は、志津越から男体山への登山コースへ入り、数10メートルほど歩いた森の中にある。なんでこんな所に、こんな立派な小屋があるのかと思うほど、しっかりとした大きな山小屋が建っている。造りはログハウス、中は二階になっていて少なくとも3,40人は泊まれそうな広さである。使用料は無料、予約もいらない。ただし、施設らしい施設は何もない。トイレも水道もない。すぐ近くに水場があるが、このときは濁っていて使えなかった。この翌年に来た時は、水が澄んでいたのでレトルト食品を温めたり食器を洗うのには使えたが、飲むのはちょっとひかえた。
 今回は、義弟がいっしょである。山男の彼は、手慣れていて水や食料の準備に怠りはない。彼曰く「車で来られる山小屋なんて、ここくらいだろう」とのことだ。
 夏休み、そしてお盆の中日なので満員だったらどうしよう。最悪、車で寝れば良いやと思ったら、私たちの他もう一人いるだけだった。この人は男体山を登って来たのだという。そして、明日は女峰、赤薙を縦走するという本格派だった。
 夕方、車から荷物を小屋に運ぶ途中、林道をすぐそばをシカが歩いていった。道の真ん中でとまり、私たちを不思議そうな顔をして見ていた。また、小屋のすぐ近くでシカの声がする。あたりは、シカだらけといった感じである。
 買ったばかりの寝袋である。8月と言っても、夜になると涼しさを通り越して寒さを感じ、羽毛の寝袋でちょうど良い。この夜は風が強かった。入口の戸がガタガタいって眠れない。しかし、小屋の中まで風が吹き込んでくるようなことはない。また、夜中にゴソゴソ音がする。目が覚めて音の主を捜すと、ゴミを入れたビニール袋に小さなネズミが入ってしまっていたのだ。
 寝られないので外に出てみると、満天の星空である。銀河を見るのは、久しぶりのことである。翌年、来たときにはヨタカの声がすぐ近くで聞こえた。このヨタカが鳴かないとまったくの無音。自分の耳鳴りがうるさいほど聞こえる。無音体験はそうできるものではない。

 翌朝は、張り切って夜明けと同時に起きて、録音機をかかえて小屋を飛び出す。ところが思わぬ伏兵がいた。それは多数のアブ。小屋のまわりは、この虫の羽音がいっぱいで録音どころではないのだ。
 日はだんだん昇ってくるし、鳥の囀りのピークがどんどん過ぎていく。やっと虫の少ないところを見つけて、亜高山帯の鳥たちのさえずりをゆっくりと聞き、録音をする。聞こえてくるのは、ルリビタキの声がいちばん多い。ついでメボソムシクイ、ビンズイ、遠くでコマドリが鳴いている。近くにゴジュウカラが来て、一声鳴いてくれた。ウソが、立ち枯れたモミの木にとまってくれたが、一声も鳴かず飛んでいってしまった。つぎからつぎに、鳥たちがあらわれては声や姿を誇るかのように聞かせ見せてくれる。

 8月に入ると、もう森林の野鳥のコーラスは聞かれなくなる。戦場ヶ原でも静かなものである。ところが、もう一歩登った志津のような亜高山帯ではまだまだ、コーラスが続いているのであった。
赤薙方面へ少し歩くと、展望が開けるところがある。右に男体山がそびえ立ち、その裾野が広がっている。左は女峰からの尾根筋がモッコ平などの台地に続いている。その先に、かすんで大谷川沿いに並んでいる日光の市街地が見える。日光が一望のもとに見える風景だ。この大自然のなかに、幾多の野鳥たちが生活しているのかと思うと、ワクワクしてくる。
 まだもう少し、野鳥のコーラスを楽しめそうである。

松田道生
1996年8月16日取材・2000年3月3日起稿

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