カモが集う池−所野・東電貯水池

野鳥紀行の最初のページ

 まだ真っ暗な池からは、カモたちの声が聞こえてきます。「ガアガア」という濁った声に混じって「ピッル」と甲高い声もします。バシャバシャという水浴びの音、パタパタという羽ばたきの音も聞こえます。暗い中、もうカモたちは起きていました。星明かりの中、目を凝らして水面を見るとかすかに鳥の影が見えるていどなのですが、池はもう鳥たちの息吹に満ちあふれいています。

 ここは日光市所野、東京電力の発電用の貯水池。この池は、カモが集まる日光屈指の意外な穴場。霧降大橋を渡って霧降方向へ行き、最初に道を右に入り、また右にはいる林道のつきあたりが貯水池です。東武日光駅から歩いても10分くらい。じつは、ここは私の散歩コースで日光に行ったときは必ず歩くところです。
 今日は、午前4時45分に起きて現地着5時。3月とは言え日光は真冬。早朝の寒さは半端ではありません。買ったばかりの缶コーヒーが、あっという間に冷たくなっていきます。今回は、ここでカモたちの声を録音しようと思っての早起きです。

 カモ類は、録音の難しい種類です。私が解説を書いた日本で唯一の鳴き声の図鑑「野鳥大鑑鳴き声333」は、録音歴45年の蒲谷鶴彦先生のコレクションによって構成されています。しかし、数が多いキンクロハジロホシハジロなどの声は収録されていません。カモ類は、あまり鳴かないこと、鳥との距離が近い都会の池では周りがうるさくて録音できないこと、静かな地方の池ではカモが遠くて録音できないなど、条件が難しいからです。

 ところがこの東電の池は、さほど広くないのでカモが近くで鳴いてくれます。そして、早朝ならば国道を通る車も少なく、雑音のない録音が録れるのではないかと思って通い続けました。本日は寒いことはのぞけば、風もなく絶好の録音日和。水を流入している時は流れの音がうるさいのですが、それもありません。後は、カモが鳴いてくれるか。真っ暗な池の中から聞こえてくるようすを聞く限りそれも心配はありません。
 さっそく、録音機、集音器をセットします。以前、冬の東北の湖でマガンの声を録音をしようとしたとき、寒さで一気にバッテリーが上がってしまい録音ができなかったことがあります。今回は、予備のバッテリーをたっぷりと持ち、録音機が少しでも冷えないように膝に乗せています。そっと電源を入れて作動を確認。ヘッドホーンからは、マガモの濁った声コガモの可愛い声が沸き上がるように聞こえてきます。大丈夫です。
 近くの林から響いてくるキツツキの木を連続して叩く、ドラミングの音もよく聞こえます。
 しばらく録音をしていると、聞いたことのない声が聞こえてきました。低い「ム−ンム−ンム−ン」と聞こえる声、しいて言えばアイヌのムックリのような声です。それに混じって「ウグゲゲゲー」と濁った声も聞こえきます。薄明るくなった池を声のする方を探すと、カワアイサが一群います。初めて聞くカワアイサの声でした。もちろん図鑑にも入っていない貴重な録音です。
 よく見てみると低い声は雄で、この声を出しながら首を伸ばしヒャックリをするようなピョッコという動作を繰り返します。それを、受けて雌が首を水面に伸ばして濁った声を出しています。カワアイサのディスプレイ、結婚の儀式でした。感激のあまり身体が温かくなりしばし寒さを忘れました。しばらくして、明るくなって気がつくと、集音器にはうっすらと白く霜がおりていました。寒さは、並大抵ではなかったのです。

 この東電の池では、この他のカモたちの声をたくさん録音しています。また、蒲谷先生をご案内してキンクロハジロの声を録音していただき、先生のコレクションが増えたと感謝されました。日光の野鳥のリストにはないハイイロヒレアシシギ、ミツユビカモメを見たこともあります。さらに下野さんご夫妻は、ツメナガセキレイを見つけています。このような珍鳥ばかりではなく、4月下旬には渡ってきたばかりのオオルリが10羽ほどの群れで出現したり、足下からヤマドリの雌の群れが大きな音を立てて飛び立ったりするという体験もしています。ただ残念のは、ときどき来ていたヤマセミが、対岸のマツの木の枝が切られてからは姿を見せなくなったことです。
 ここでのカモの観察は、別に早朝である必要はありません。国道を走る車の音や近くの鉄工所の音が聞こえますが、録音をするのではなければ、ウォッチングにはまったく問題はありません。池の畔で、春の柔らかな日を浴びながらキラキラ光る水面で、繰り広げられるカモたちの結婚の儀式を見るのも、ここでのバードウォッチングの楽しみの一つです。

松田道生
1999年10月30日起稿、1998年3月9日取材

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