初冬の奥日光高山コース

野鳥紀行の最初のページ

 シラカバの葉は、もうすっかり散っている。ハイキングコースにまで積もった枯れ葉が、足の下でサクサクと音をたてる。ここは、栃木県奥日光の高山コースだ。高山は戦場ヶ原と中禅寺湖に間にある標高1668メートルの山だ。小田代ヶ原の手前でバスを降りて、この高山の横を抜け中禅寺湖へ出る。そして、湖の一番奥にある千手ヶ浜まで歩くのが今日のスケジュールだ。初冬の森林で、どんな野鳥たちに逢えるか、わくわくしながら歩き始めた。  ちなみに、戦場ヶ原に続く小田代ヶ原には自動車の進入は禁止。規制したかわりに電気バスが運行されており、小田代ヶ原を通り中禅寺湖の奥の千手ヶ浜まで走っている。私と義弟は、小田代ヶ原の手前でこのバスを降りた。このバスは、ルートの中ならばどこでも乗せてくれるし、どこで降ろしてくれる。

 コースの入り口付近は、シラカバの林の下にクマザサが生い茂っている。シラカバは、もう葉が落ちているので林の中の見通しがいい。鳥がいたらすぐに見つけられることだろう。まず出迎えてくれたのは、キツツキの仲間のアカゲラ。白と黒のはっきりした模様が私たちの姿に驚いて林の中を飛んでいった。そして、常連のヒガラや、シジュウカラ、エナガなどのカラ類の群れが、「チッ」や「ツッ」と鳴き合いながら林の中を移動していく。コースはゆるやかな登りで、道ははっきりと踏み固められているので迷うことはない。
 「ガサ、ガサ」と大きな音にびっくりして音のする方を見ると、2頭のシカが私たちに驚いて、山の斜面を懸命に登っていく。1頭は立派な角を持った雄だ。山の斜面には、枯れ葉が積もっているので、シカは登ってもズルズルと落ちてしまう。私たちと視線があって、なおさら焦っている。堅い地面をうまく見つけると、あっという間に斜面を登り姿を消してしまった。この後もガサガサとシカの歩く森の中から聞こえてきたが、数は2頭以上いたようだ。シカの出現に私たちも驚いたが、シカはもっと驚いたことだろう。

 高山の頂上へ行く道と中禅寺湖へ向かう道の分岐点にきた。ガイドブックでは高山の頂上は見晴らしが利かず見るべきものはないと書いてあるので、そのまま熊窪と呼ばれている湖のほとりへ向かう。
 少し大きめの鳥が、何羽も林の上の方をチョロチョロと動いている。この辺は、モミなど葉が落ちていない木が茂っているのでなかなか姿が見えない。少し道を戻り、高山の頂上へ向かう道に入って鳥の姿を確認する。なんとか枯れ枝に止まった姿が見えた。ツグミの仲間のアカハラである。数えると10羽。葉の陰にもっといたかもしれない。夏はなわばりを持っているから、一度に見られるのは1羽か2羽。冬の公園で枯れ葉を払いのけて昆虫を探している姿もいつも1羽。春の移動の時に、数羽をいっぺんに見ることがあるが、アカハラが一度に10羽以上というのは珍しい。もう冬だが、これから平地や暖かい地方へ向かう群れなのだろうか。
 この分岐点を過ぎると道は下りになり、モミの林からカラマツが目立つようになる。つづれ折りの坂道を降りていくと、途中から沢になり道がわかりにくくなる。それでも、細い流れを右に左に通りやすい所を通っていけば、迷うことはない。
 いつの間にか沢の流れが消えてしまった。地面を見るとシカの糞がたくさん落ちている。一カ所、泥っぽいところは、シカが泥を体に塗り付けるぬた場のようだった。おびただしい足跡がついている。
 ブナの巨木が生えシカに食われて葉のなくなったクマザサの茂みを抜けると、湖の畔に出た。菖蒲ヶ浜から続く岸辺の道で、ここでは何人かのハイカーに会った。考えてみたら、高山コースではまったく人に会わなかった。

 今度は、湖沿いの道を千手ヶ浜に向かって歩く。歩き始めて、2時間20分で千手ヶ浜に着いた。ガイドブックに書かれている時間は1時間30分。やはり鳥を見ながら歩くと、よけいに時間がかかってしまう。それだけ自然を楽しんできたわけだ。
 千手ヶ浜には、電気バスできた人や菖蒲ヶ浜から歩いてきた人たちが休んでいた。私たちも湖に流れ込む数メートルほどの川幅にかかる木の橋に座って、昼食のサンドイッチをパクつく。初冬にしては、日差しが暖かく日の当たる背中はじりじりするくらい暑い。川の岸辺には、やはりシカの足跡がたくさんついている。ここはシカの水飲み場なのだろう。
 雨の少ないシーズンだから流れは浅い。水は澄んでいるので水底まではっきりと見える。流れていく枯れ葉や水草をぼんやりと眺めると、水の流れによってできる渦の影が水底に写っているのに気がついた。その影は次々と形を変えて流れていく。大きな渦がいくつもの小さな渦にわかれてたと思うと、それがまた大きくなったり、模様はたえず変化していくので見ていて飽きない。
 近くのズミの木にやってきたゴジュウカラの声に我に返ると、今まで頭の中でなにも考えていないことに気がついた。

松田道生
1995年11月 「理科の教育」日本理科教育学会

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