霧降高原−ハイキングコース

野鳥紀行の最初のページ

 栃木県日光の霧降高原歩道のハイキングコースを歩いた。梅雨の合間の天気の良い日で日焼けしてしまい、腕には時計の跡ができてしばらく首筋がひりひりした。コースは、ニッコウキスゲで有名な霧降高原の少し下にある。日光から霧降有料道路に入って、しばらく行くとキャンプ場などの施設がとぎれる。すると、すぐに「高原歩道入り口」のバス停があり左に入る小道に「見晴らし台コース」と書かれた小さな標識がある。この小道に入り、車を置いて歩き始めた。
 しばらくは、下りでブナやミズナラの林が続く。道の際には清水がわき出て、カエルの声が聞こえてくる。モズが「ギチ、ギチ」と鳴いてまずは歓迎してくれた。
 下りきった所に沢があり、渓流の鳥としておなじみのミソサザイの金属的な声が聞こえる。ここまでは、けっこう釣り人が入ってくるが、この先はハイカーに時々会うくらいの人の少ない穴場コースなのだ。
 これからは上り下りがあるが、一部急な所があるもののゆっくりと野鳥や風景を楽しみながら歩くのにはちょうどよい道が続いている。

 次の風景は、森から出て開けた環境となり、クマザサが一面に生い茂りカラマツが点在するなだらかな道となる。目の前には、帝釈山、女峰山、赤薙山の厳しい峰がそびえ立ち、初夏の青い空にわき上がる雲の白さがサングラスをしていても眩しい。ここは、6月上旬ならばレンゲツツジのピンクとカラマツの芽吹きの黄緑色を楽しめる所でもある。
 目の前のカラマツの木のてっぺんで、ビンズイがさえずりとは違うきつい声を出している。よく見ると嘴に虫をくわえている。どうやら警戒の声で、近くに巣があるらしい。遠くではカッコウの声が絶えず聞こえてくる。
 風景に目を奪われて歩いていたら、足に何かが絡まりつまずきそうになった。見ると、太い釣り糸のようなものの先にツグミの仲間のアカハラが絡まっていた。それも糸で首がしまり死んでいる。眼球がまだ透き通っているから死んでから一日くらいしかたっていないはずだ。こんな山道に釣り糸があるはずがないとよく見ると、土砂崩れを防ぐ土嚢の袋の繊維だった。地面には破れた土嚢の袋の繊維が、あちこちに頭を出している。
 アカハラは、地面でミミズなどを捕らえる。鳥にしてみれば、食べ物を探しているうちに罠にかかったようなものだ。土嚢で整備されている山道はたくさんあるはずだ。それを行った工事関係者は、鳥がかかるなんて考えてもいないだろう。こんなささいなことで、貴重な野生の命が奪われてしまうなんてやるせない気分になった。

 少し急な道を登りカラマツの林に入った。しばらくぶりの山道なので息が切れてしょうがない。肩で息をしていると、突然クマザサの中からガサガサと大きな音がして、びっくりした。大きなシカが2頭、跳ねながら森の中に消えていく。息が切れている上に驚いたので、いつまでたっても心臓の鼓動がおさまらない。
 シカは、道の際のクマザサの中で休んでいたようだ。こっちも驚いたがシカも相当驚いたようで一瞬のうちに、姿が見えなくなってしまった。遠くで聞こえるのんびりとしたカッコウの声に、あっという間の出会いがウソのように思えてくる。シカがいたことで気が付いたのだが、下を見ると今まで歩いてきた小道には、シカの足跡がたくさんある。足跡は、親子連れなのだろうか、大きなものと小さいものがある。さっきのシカは、同じ大きさの雌2頭だったから、別のシカがまだこのあたりにいることになる。

 しばらくは、カラマツばかりの道が続く。テンポのよいアオジの声に励まされながら、多少のアップダウンを繰り返すと、見晴らし台に着いた。入り口からゆっくり歩いて約2時間の行程だ。
 見晴らし台といっても、標識があるだけで施設はなにもない。山の中腹に草原が少し広がっているだけだ。しかし、今までかいた汗が草原を吹き抜けてくる風で、乾いているのを実感するのは本当に快い。まして、ウグイスやカッコウの声や頭の上を飛び交うイワツバメやアマツバメの姿を見ていると、あっという間に涼しくなる。
 また、この付近にはまだ赤みのないアキアカネが多い。休んでいると頭や手にとまる。双眼鏡を見ていると、そこにもとまってしまう。
 このまま見晴らし台を超えて、稲荷川を渡り以前紹介した滝尾神社の裏へ出て神橋まで行くこともできる。ただし、かなり歩くのと途中から舗装道路になる。健康のための山歩きならば、おすすめのコースだ。

 車が置いてあるので、もとの道を戻ることにする。道を下り始めると、すぐ近くのカラマツの木の目の高さの所に1羽の鳥がとまった。ホオジロの仲間のアオジに似ているが、やや小さい。珍しいノジコである。双眼鏡に捕らえるとピントが合わないくらい近い。2羽いて1羽が黒みが強いので雄。目の周りのメジロのような白い輪がよく見える。さかんに「チッ、チッ」と鳴き合っているが、逃げることはしない。珍しい鳥の出現に、帰り道は疲れているはずの足取りが軽くなった。

松田道生
1995年6月 「理科の教育」日本理科教育学会

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