雪の大笹牧場

野鳥紀行の最初のページ

 栃木県日光から霧降高原を通って川俣温泉方面に抜ける「霧降有料道路」がある。ここは、ニッコウキスゲで有名な高原を通り、女峰山、赤薙山のががたる山並みを見ながらドライブできる私の好きな道である。これらの山の標高は2000メートルを超えており、道路も1500メートルあたりをとおっている。しかし、この道路は、冬には雪のため途中の霧降スキー場までで、終点の大笹牧場まで行くことができなくなる。
 地図を見ると鬼怒川寄りの所に、もう一本の道があるのを見つけた。地図には、大笹街道となっている。どうやら昔の道で、地元の人の生活道路のようだ。いけるかどうかわからないが、冬の標高1500メートルの高原にどんな野鳥がいるのか、いってみることにした。

 下今市の手前で北へ向かうこの街道は、舗装されてはいるものの中央分離線がないほどの狭い道だった。スギの植林地の間を縫うように、山を登っていく。山間の所々では、道路をおおった清水が凍りスケートリンクのようになっている。運転は、ベテランの義弟がたよりだ。
 標高を1500メートルを超える頃から、スギの植林地からブナやミズナラなどの落葉樹の林になった。霧降側では、下から見るとそうとう雪が積もっているようだが、このあたりは雪はほとんどない。風で吹き飛ばされたのか、山で雪が遮られていからだろう。積雪がすごくなったのは、大笹牧場に近づいてからだ。道路の周りに除雪された雪が積み上げられて、雪の回廊のようになっている。上の方は、ひさしのように垂れ下がって、今にも雪の固まりが落ちてきそうな所もある。

 雪に見とれていると視野がぱっと開けて大笹牧場に着いた。ここは観光用の牧場で春から秋は、アイスクリームや食事ができて家畜の動物園があり、観光シーズンは大型バスが駐車場にずらっと並んでいることもある。しかし、冬は雪の中、この日の訪問者は我々だけのようだ。
 空は、抜けるような青空。そして、なだらかな地形の牧場に真っ白な雪が積もり、まぶしい限りだ。しかし、赤薙山と女峰山の急な斜面は、雪がなく黒々としている。牧場の吹き溜まりは相当雪がつもっているが、牧草地では、地面の下の草が顔を出しているところもあるくらいの雪しかない。どうやら強風のために雪が吹き飛ばされてしまったようだ。そのため、牧場周辺の道路は通ることができる。実際、雪の中でも牧場の活動が活発で、作業のトラックが動いていた。

 さて、肝心の鳥の方はチラッとも影が見えず「チッ」とも声も聞こえない。寒いので車の暖房をめいっぱい強くして休んでいると、レストハウスのほうをパラパラと鳥が飛んでいくのが見えた。自慢ではないが、このくらいの条件ならば、頭に鳥の名前が浮かぶのが常だ。ところが、わからない。わかないと言うことは、私があまり見たことがないか、まだ会ったことのない鳥と言うことになる。
 鳥をもっと近くで見ようと、車をレストハウスの方へ向ける。鳥は手前のそこから100メートルくらいは離れたもう牛舎の方へパラパラと飛んでいく。途中の牧草地に下りるものもいる。双眼鏡で見ると、ハギマシコだった。マシコは漢字で猿子と書く。この鳥の仲間の多くが顔が猿のように赤いからだ。この鳥は、スズメくらいの大きさで、ハギの名前が付いているいるように脇腹がハギの花のような薄紫色をしている。そして、雄の頭は金色にみえる。
 この鳥は数が少なく、見たいと思っても会える決まった場所はない。思い起こせば、20年ほど前に千葉県銚子に、この鳥がいるというのでわざわざ見に行ったことがある。考えて見れば、鳥の名前がすぐに浮かばなかったのも道理、20年ぶりの再会である。そのときは、宅地造成か何かで崩された崖地に数10羽で群れていた。図鑑にはこの鳥は崖地を好むとある。しかし、今回は一面の草原である。少ない鳥だけに、詳しい生態がまだわからないのだろう。
 ハギマシコをよく見ていると、鳥のたくさん群れているのは、牛舎の前に積み上げられたワラの周辺だ。ワラからは、うっすらと湯気がたちのぼっている。どうやら、このワラの中の虫を食べるために集まっているようだ。車をそのそばに止めて見ていると、次から次に目の前に鳥がやってくる。意外と警戒心が強く、車の中で体を動かすと飛んでいってしまう。1羽が飛ぶと、すべての群れがそれを合図に全部飛んでしまう。しばらくすると、またワラの山にパラパラと集まってくるので、こんどは息を殺して見る。
 夏の大笹牧場では空ではヒバリが、木々ではホオジロが囀っていた。そして、空をノスリが悠々と飛んでいた。しかし、冬はハギマシコ以外の鳥は、遠くで濁声で鳴くハシボソガラスだけ。さすが山岳の厳しい環境の中では鳥は少ないのだ。しかし、ハギマシコはパラパラとたえず移動をするので数えにくいが、ざっと250羽。この鳥としては、大群である。凍った道を苦労して来ただけのかいはあった。

松田道生
1995年4月 「理科の教育」日本理科教育学会

日光野鳥研top